暗黒館の殺人 (上)
2004年10月27日 読書
上下巻で原稿用紙、2,500枚なんだそうだ。
しかも片手で支えて読む、という電車での移動時読書スタイルには尤も不向きな重さと形。
などと、帯で断っているあたり、自覚はあるらしい…。
この方の本の装丁も、例の"煉瓦本"ぽい。
なんでだ。
推理小説はかくあるべし、とでも?
イメージで売りなさんな。(と言いたくなってしまう)
「館」シリーズは、結構真面目な館の見取り図がつく。
住宅販売(マンション一戸建て問わず)のチラシを見るのが好きな私は、こういう設計図+配置図をみるのがけっこー好き♪
しかし「館」というぐらいだから、セレブである。
「ちっ、いい暮らししてやがる…」
なんて僻みもついつい口をついて出てくるのであった。
舞台は、熊本県の山の中。
其れも尋常ではない山の中だ。
だが、熊本県をあまりド田舎のようにいわれると、そこよりまだ山を越えていかねばならぬ薩摩の国の人々は立つ瀬が無いのではないだろうか…???
JRの民営化で、まっさきに廃線になったK県。
この郵政民営化で、恐々としているのもこの県である。
(都会生まれの権力者には、とてもともて"想像"はできまい。トップに立つならば、"想像"するのも仕事だし、資質を問われるところだとおもうが)
……推理小説を、楽しみましょう。
ISBN:4061823884 新書 綾辻 行人 講談社 2004/09/10 ¥1,575
しかも片手で支えて読む、という電車での移動時読書スタイルには尤も不向きな重さと形。
無駄に長いわけではありません。
などと、帯で断っているあたり、自覚はあるらしい…。
この方の本の装丁も、例の"煉瓦本"ぽい。
なんでだ。
推理小説はかくあるべし、とでも?
イメージで売りなさんな。(と言いたくなってしまう)
「館」シリーズは、結構真面目な館の見取り図がつく。
住宅販売(マンション一戸建て問わず)のチラシを見るのが好きな私は、こういう設計図+配置図をみるのがけっこー好き♪
しかし「館」というぐらいだから、セレブである。
「ちっ、いい暮らししてやがる…」
なんて僻みもついつい口をついて出てくるのであった。
舞台は、熊本県の山の中。
其れも尋常ではない山の中だ。
だが、熊本県をあまりド田舎のようにいわれると、そこよりまだ山を越えていかねばならぬ薩摩の国の人々は立つ瀬が無いのではないだろうか…???
JRの民営化で、まっさきに廃線になったK県。
この郵政民営化で、恐々としているのもこの県である。
(都会生まれの権力者には、とてもともて"想像"はできまい。トップに立つならば、"想像"するのも仕事だし、資質を問われるところだとおもうが)
……推理小説を、楽しみましょう。
ISBN:4061823884 新書 綾辻 行人 講談社 2004/09/10 ¥1,575
経営に生きる禅のことば…というもの。
2004年10月26日 読書というものを、宣伝で知る。
尤も、本屋には置いてなくて、通信販売でしか入手出来ないとのこと。それにしても高いものだ。
達磨安心:執着をすて自由に発想すること。
放下著:己を捨てよ。
知足:自分で自分に厳しくすること。
当機:出会いによって成長すること。
知事清規:自由で柔らかな心をもつこと。
本来無一物:もともと何も無い。執着を捨てる。
自他不二:自分と他人はひとつ。対立を超えること。
平常心是道:当たり前に徹すること。あらゆる人から学ぶこと。
他不是吾:正しく見て、正しく行動すること。
看脚下:己を知ること。
…と、それぞれの標題である。
偉いお坊様の言葉だけある。
精神衛生上、きっと有効なのだと思うが…?
尤も、本屋には置いてなくて、通信販売でしか入手出来ないとのこと。それにしても高いものだ。
達磨安心:執着をすて自由に発想すること。
放下著:己を捨てよ。
知足:自分で自分に厳しくすること。
当機:出会いによって成長すること。
知事清規:自由で柔らかな心をもつこと。
本来無一物:もともと何も無い。執着を捨てる。
自他不二:自分と他人はひとつ。対立を超えること。
平常心是道:当たり前に徹すること。あらゆる人から学ぶこと。
他不是吾:正しく見て、正しく行動すること。
看脚下:己を知ること。
…と、それぞれの標題である。
偉いお坊様の言葉だけある。
精神衛生上、きっと有効なのだと思うが…?
バカ日本地図―全国のバカが考えた脳内列島MAP
2004年10月25日 読書
「トマス・キッド」と併行して読み始めた本。
大爆笑できる一冊!
こんな面白い本があるなんて…!
もともとインターネットを通じて募集した、「日本はこうあるハズ」という意見を集約し、より普遍的と思われた意見をまとめて作られた、貴方と私の日本列島改造地図。
大昔、そういう名前(「日本列島改造論」)の政策で、日本国中津々浦々まで土地を投機の対象にして高騰させ、日本人が持ち家を買うことを不可能にした政治家がいたが、この本は、日本国中津々浦々まで、余すことなく笑われているぞ。
何処もかしこも笑えるので、引用を出すのが難しいぐらいだ。
酷い話である。
こうなったら、故郷を守るためには、知名度を上げるしかないと思われる。
「なに、それ、しらな〜い」
が最大の敵なのだ。
そう。
意外や意外、まともな対応策ではないか。
第1回では、他に、「京都が日本海に面しているのは意外」だとして(あんまりだ〜)、
と言う。
この兵庫県の運命もなかなか数奇なもので、
と続き、
中国地方そもそもの存在間の薄さを武器に領土を広げていた神戸。(注:この時点で岡山と京都府の北部を併合している)しかし、領土の北方が日本海に達すると一変。
第4回「神戸のプライド」では、
等々……。
"カタカナ"のイメージだからと、県名をカタカナに、
影が薄いと、消え入りそうな薄い色に、
寺は京都にあるものだから、と法隆寺が京都に立ち、
神戸に城のイメージは無いと、その周りだけ姫路になり、
千葉は全土が"ディズニーランド"と改名し、
北海道にはムツゴロウ王国が広大な領土を占め……
この調子で、県は消え、とんでもないところに飛ばされ、ヘンな名前に改名されて、もう無茶苦茶な日本地図が出来上がるという按配だ。
だが…これが「今時の日本人」の考える、認識している、現状の日本だと思えば、あながち偽造ともいえない。
「そのように思われている」わけなのだから。
だいいち、財政上止むに止まれぬ統合なら、日本各地で現在大流行ではないか。
さあ、貴方の故郷は、最後まで守れるだろうか???(笑)
いや〜大爆笑!
こーゆーバカは大好きだなぁ。
ISBN:4774121258 単行本 一刀 技術評論社 2004/09 ¥1,134
大爆笑できる一冊!
こんな面白い本があるなんて…!
もともとインターネットを通じて募集した、「日本はこうあるハズ」という意見を集約し、より普遍的と思われた意見をまとめて作られた、貴方と私の日本列島改造地図。
大昔、そういう名前(「日本列島改造論」)の政策で、日本国中津々浦々まで土地を投機の対象にして高騰させ、日本人が持ち家を買うことを不可能にした政治家がいたが、この本は、日本国中津々浦々まで、余すことなく笑われているぞ。
何処もかしこも笑えるので、引用を出すのが難しいぐらいだ。
第1回「岐阜の水難」
島根と鳥取、滋賀と岐阜県等、どっちがどっちかよくわからない県の統合が進んだ。岐阜は滋賀に統合されたが、のちに滋賀はすべて琵琶湖となってしまったため、結果、岐阜もすべて琵琶湖になってしまった。
酷い話である。
こうなったら、故郷を守るためには、知名度を上げるしかないと思われる。
「なに、それ、しらな〜い」
が最大の敵なのだ。
そう。
意外や意外、まともな対応策ではないか。
第1回では、他に、「京都が日本海に面しているのは意外」だとして(あんまりだ〜)、
京都の海岸沿いは兵庫県になりました。結果、名所「天橋立」は兵庫県に属することになりました。
と言う。
この兵庫県の運命もなかなか数奇なもので、
「兵庫県は知らないが神戸なら知っている」というコメントにより、「兵庫県は神戸県に改名されました。」
と続き、
中国地方そもそもの存在間の薄さを武器に領土を広げていた神戸。(注:この時点で岡山と京都府の北部を併合している)しかし、領土の北方が日本海に達すると一変。
第4回「神戸のプライド」では、
「神戸は日本海に面しているほどダサくない」等の、わけのわからない意見におされ、北方の領土を兵庫に譲った。一方、神戸人と違い兵庫人は「わーい」と素直に喜んでいた。
等々……。
"カタカナ"のイメージだからと、県名をカタカナに、
影が薄いと、消え入りそうな薄い色に、
寺は京都にあるものだから、と法隆寺が京都に立ち、
神戸に城のイメージは無いと、その周りだけ姫路になり、
千葉は全土が"ディズニーランド"と改名し、
北海道にはムツゴロウ王国が広大な領土を占め……
この調子で、県は消え、とんでもないところに飛ばされ、ヘンな名前に改名されて、もう無茶苦茶な日本地図が出来上がるという按配だ。
だが…これが「今時の日本人」の考える、認識している、現状の日本だと思えば、あながち偽造ともいえない。
「そのように思われている」わけなのだから。
だいいち、財政上止むに止まれぬ統合なら、日本各地で現在大流行ではないか。
さあ、貴方の故郷は、最後まで守れるだろうか???(笑)
いや〜大爆笑!
こーゆーバカは大好きだなぁ。
ISBN:4774121258 単行本 一刀 技術評論社 2004/09 ¥1,134
快速カッター発進! 海の覇者トマス・キッド
2004年10月24日 読書
"海もの"のラストはこれ。
トマス・キッド水兵の海軍昇進物語。
水兵から、士官、艦長へ…。
錨孔をくぐって出世の険しい道を行く主人公には、心よりのエールを贈りたい。
そうよね。
海洋冒険小説は、海に出なくっちゃ話にならない。
ISBN:4150410682 文庫 大森 洋子 早川書房 2004/09/23 ¥987
トマス・キッド水兵の海軍昇進物語。
水兵から、士官、艦長へ…。
錨孔をくぐって出世の険しい道を行く主人公には、心よりのエールを贈りたい。
そうよね。
海洋冒険小説は、海に出なくっちゃ話にならない。
ISBN:4150410682 文庫 大森 洋子 早川書房 2004/09/23 ¥987
天気晴朗なれど波高し。〈2〉
2004年10月24日 読書
いやぁはっはっは。
進むなぁ、この本は。
寝食忘れて読む、とはこのこと。(「食」は忘れないけど)
休日でよかった。(しっかり寝不足だ!)
早朝、
2巻目に突入。
いじめあり、反乱あり、赤道祭りに似た行事あり、士官・候補生・下士官・水夫たちの身分差による色々あり、と海洋冒険小説をきちんと踏まえたうえでのパロディ(?)なので、違和感なしに笑える。
海洋冒険小説が硬質で読みづらい、でも海洋冒険小説っぽいモノノを読みたい人には最適じゃないかな〜。
ISBN:4086002175 文庫 須賀 しのぶ 集英社 2003/01 ¥500
進むなぁ、この本は。
寝食忘れて読む、とはこのこと。(「食」は忘れないけど)
休日でよかった。(しっかり寝不足だ!)
早朝、
2巻目に突入。
いじめあり、反乱あり、赤道祭りに似た行事あり、士官・候補生・下士官・水夫たちの身分差による色々あり、と海洋冒険小説をきちんと踏まえたうえでのパロディ(?)なので、違和感なしに笑える。
海洋冒険小説が硬質で読みづらい、でも海洋冒険小説っぽいモノノを読みたい人には最適じゃないかな〜。
ISBN:4086002175 文庫 須賀 しのぶ 集英社 2003/01 ¥500
天気晴朗なれど波高し。
2004年10月24日 読書
友人の推薦を受けてお借りした本。
見てくれは…合格!
っつうか、いかにも「海洋小説」という"ナリ"がすばらしい。
読み出したら、おお♪進む進む!
面白そーやん。
「天気晴朗なれど…」
の文言は、日露戦争で、当時無敵艦隊と言われた"ロシア"のバルティック艦隊と対峙することになった旧日本帝国海軍が、いよいよ戦闘に突入せんとしたとき、海軍本部に送った電文である。
参謀・秋山真之氏の作と言われていたのが、どーやら天気予報官の作らしいとかなんとか…。
まあ其れは宜しい。
金持ちで生活に支障がなければ、士官候補生やって、士官をやって"死なないうちに"引退する。
おぉっ!
なんて名案!
…ていうか、現実として、やる気の無い上官は、はっきりいて邪魔扱いやもんな。
いざとなったら実力の世界。
いないほうがましだから、嫌でも追い出さされる(=引退させられる)でありましょう。
なにせ、かかっているのは"生命"だからして。
この作品は全2巻。
あくまでもサイド・ストーリーらしいけれど、なんとなく期待させるような、わくわくさせてくれる"匂い"がする。
ISBN:4086001977 文庫 須賀 しのぶ 集英社 2002/11 ¥500
見てくれは…合格!
っつうか、いかにも「海洋小説」という"ナリ"がすばらしい。
読み出したら、おお♪進む進む!
面白そーやん。
「天気晴朗なれど…」
の文言は、日露戦争で、当時無敵艦隊と言われた"ロシア"のバルティック艦隊と対峙することになった旧日本帝国海軍が、いよいよ戦闘に突入せんとしたとき、海軍本部に送った電文である。
参謀・秋山真之氏の作と言われていたのが、どーやら天気予報官の作らしいとかなんとか…。
まあ其れは宜しい。
金持ちで生活に支障がなければ、士官候補生やって、士官をやって"死なないうちに"引退する。
おぉっ!
なんて名案!
…ていうか、現実として、やる気の無い上官は、はっきりいて邪魔扱いやもんな。
いざとなったら実力の世界。
いないほうがましだから、嫌でも追い出さされる(=引退させられる)でありましょう。
なにせ、かかっているのは"生命"だからして。
この作品は全2巻。
あくまでもサイド・ストーリーらしいけれど、なんとなく期待させるような、わくわくさせてくれる"匂い"がする。
ISBN:4086001977 文庫 須賀 しのぶ 集英社 2002/11 ¥500
自分に(身体ともに)似合った色を着て、(身体ともに)自分に似合った暮らしをする。
そんなことが出来ればいいね。
20年前の本なのだけど、日本がどんどんおかしな方向へ駆け足で進んで、化学合成物ばかりを口にしている。
東京も大阪も、一瞬たりともいられない。
精神がおかしくなってしまう!
と著者やその周囲の欧州人たちがいう。
?関東大震災
?太平洋戦争
この二度に渉って、日本は東京の都市環境を整える、そう、ヨーロッパの素敵な町のように整えるチャンスがあった。
そのチャンスを永遠に失ってしまった。
そう呟く。
当時GHQは、「日本から依頼があれば(統制を)やる」という話だったのだそうだ。
おしいことしたな〜。
そうすれば、街の概観〜屋根の色・建物の高さ・壁の色・看板の禁止・植樹の義務化等々〜とっても素敵な街になったろうに…。
東京も、大阪もよくここまで、といえるぐらい「醜悪な街」なのだそうだ。
確かに、フランスは綺麗だった。
建物の壁や屋根の色はすべて、「一番美しく見えるように」統制されていた。
勝手な建て替えも出来ない。
だが、ヨーロッパの「統制」は嫌なことを無理やらせるのではない。
美しい街を守るためのものだ。
反して、日本は「自由」を主張しすぎて、滅茶苦茶にするのも「自由」だと思っている。
ひとつづつがどんなにすばらしいデザインの建築物であったとしても、オモチャ箱をひっくり返したような、色が氾濫する中に放り出したら、それは「醜悪」でしかない。
ちっとも綺麗じゃない。
確かに。
納得です。
著者が言うには、洗濯物やなんやかや、家からはみ出すものでいろんな色が氾濫する日本なのだから、住宅は灰色の瓦と土塀の色が……昔の日本の家々の色合いが一番美しいのだと。
つまり、その土地の土で出来た塀、焼いた瓦が一番その土地に似合う色合いなのだと言う。
ん?ん?ん?ん?
どこかで聞いたような話だねぇ…。
この考えは、食べ物にも当てはまる筈。
すなわち、身土不ニの考えだ。
身体と、その土地は、分かてない。
「自分の生まれたその土地で産まれた食物を摂れ。それが一番身体に良いのだ。」
そういう考え方である。
日本の老人ホーム、そして老人たちの地味な服装についての考察は、本当に面白かった。
年をとっても「生きる」楽しみを持たなくちゃ…とは口では言っていても果たして日本人はどうなのか?
自分にあった暮らしを。
自分にあった色を。
でなけりゃ、生まれて来て、生きてきて、年をとった甲斐がない(笑)
そんなことが出来ればいいね。
20年前の本なのだけど、日本がどんどんおかしな方向へ駆け足で進んで、化学合成物ばかりを口にしている。
東京も大阪も、一瞬たりともいられない。
精神がおかしくなってしまう!
と著者やその周囲の欧州人たちがいう。
?関東大震災
?太平洋戦争
この二度に渉って、日本は東京の都市環境を整える、そう、ヨーロッパの素敵な町のように整えるチャンスがあった。
そのチャンスを永遠に失ってしまった。
そう呟く。
当時GHQは、「日本から依頼があれば(統制を)やる」という話だったのだそうだ。
おしいことしたな〜。
そうすれば、街の概観〜屋根の色・建物の高さ・壁の色・看板の禁止・植樹の義務化等々〜とっても素敵な街になったろうに…。
東京も、大阪もよくここまで、といえるぐらい「醜悪な街」なのだそうだ。
確かに、フランスは綺麗だった。
建物の壁や屋根の色はすべて、「一番美しく見えるように」統制されていた。
勝手な建て替えも出来ない。
だが、ヨーロッパの「統制」は嫌なことを無理やらせるのではない。
美しい街を守るためのものだ。
反して、日本は「自由」を主張しすぎて、滅茶苦茶にするのも「自由」だと思っている。
ひとつづつがどんなにすばらしいデザインの建築物であったとしても、オモチャ箱をひっくり返したような、色が氾濫する中に放り出したら、それは「醜悪」でしかない。
ちっとも綺麗じゃない。
確かに。
納得です。
著者が言うには、洗濯物やなんやかや、家からはみ出すものでいろんな色が氾濫する日本なのだから、住宅は灰色の瓦と土塀の色が……昔の日本の家々の色合いが一番美しいのだと。
つまり、その土地の土で出来た塀、焼いた瓦が一番その土地に似合う色合いなのだと言う。
ん?ん?ん?ん?
どこかで聞いたような話だねぇ…。
この考えは、食べ物にも当てはまる筈。
すなわち、身土不ニの考えだ。
身体と、その土地は、分かてない。
「自分の生まれたその土地で産まれた食物を摂れ。それが一番身体に良いのだ。」
そういう考え方である。
日本の老人ホーム、そして老人たちの地味な服装についての考察は、本当に面白かった。
年をとっても「生きる」楽しみを持たなくちゃ…とは口では言っていても果たして日本人はどうなのか?
自分にあった暮らしを。
自分にあった色を。
でなけりゃ、生まれて来て、生きてきて、年をとった甲斐がない(笑)
地震の怖さがまたまた蘇りました。こんなに大きな地震が、また…。
本当に、一瞬のこと。
その一瞬で、すべてを失う恐ろしさ。
そして、これからが大変だろうと思います。
被災地の皆様にお見舞い申し上げます。
アウトサイダーからの手紙
2004年10月23日 読書
最初に気がついたのが、本の帯(発売当時)の消費税が3%だってこと。
本体981円。税込み1,010円。
同じ本で同じ本体価格で、いまや1,029円也。
…ちょっと感慨深くなってしまった。
所謂、外国暮らしの長い日本人が、短期間帰国して、あまりの日本の状況の酷さに吃驚仰天して、比較論的エッセイを綴る。
というシロモノである。
これが笑って済ませられる問題なら、日本人には寛容に受け入れられる。
或いは、「確かにその通り。日本は間違っている」
と思えれば、ウンウンと頷きながら読み勧める。
が、生活の根深いところ、日本人固有の意識まで至ると、同じ日本人の発言ゆえによりいっそう憤慨する。
…というか、
「外国はそうだろうけれど、日本ではそれがふつーでしょ?何が悪いの?」
と思える部分を攻撃されると、まだまだ"閉鎖的な"日本人はプライドを傷つけられた気がして、怒ってしまうのだ。
そういうことに気がついてから、こういう本は「どうぞ笑って、少なくとも納得して読めますように」と思う癖がついたようだ。
元来、この手の本が好きなだけに、やっかいなことである。
だが、しょっぱな、笑わせてもらった。
難民・流民の移住(保護)に対して出た意見なのだそうだ。
確かに、閉鎖社会だ。
いまだに鎖国しているようなもんだ。
私が住むのは「千年の古都」と自他称する古びた町だが、外国人が隣に住む、避難民が近所にいる、ことで"ヒナン"的な言動をする人に遭ったためしがない。
(それとも私が知らんだけか?)
とりあえず、私の周りにそういう言動を吐く輩はいないのだが…。
つまりは、探偵受難時代、ということでしょうか。
以上EC(いまではユーロ)成立による、英国の首都の人種と言語の雑居状態を説明したものである。
話はこれから本番であるが、最初の導入部で「確かに!」と私が拳を握り締めたのが、日本の音の氾濫と強制である。
聞きたくも無いのに、
大音響でカーステレオを流し、なぜだか窓を全開している。(大音響で聞きたいなら閉めとけ)
真夜中だというのに、あのピー!という"超音波"を馴らしたままで、住宅地のど真ん中に居座る焼き芋屋。(通り過ぎるというなら判る。一箇所に居座るなら、音は切るべき。)
店の、外にまで漏れる宣伝や音楽。(それがキライな歌であり、声である場合もある。)
そしてなによりも、街宣車。(思想団体も選挙の車もひっくるめて。また、朝の7時すぎから大音響で宣伝をして回っている"飲み屋"の宣伝カーなんてのもあるのだ。)
「そうそう。そーなんよね」
と、走馬灯のように頭の中を駆け巡ったのであった。
だが、著者は言う。EC各国から、或いはもとコモンウエルス(英国連邦。平たく言うと、植民地)からやってきた雑多な人種の人々のお陰で、「ご飯がまずい」が緩和されつつあるのだと。
ただの茶色い水だったものは、いまや薫り高いエスプレッソコーヒーに。
生ぬるいビールに代わって、フランスの葡萄酒が。
そりゃーよかったね。
ISBN:4120012271 単行本 犬養 道子 中央公論新社 1983/01 ¥1,029
本体981円。税込み1,010円。
同じ本で同じ本体価格で、いまや1,029円也。
…ちょっと感慨深くなってしまった。
所謂、外国暮らしの長い日本人が、短期間帰国して、あまりの日本の状況の酷さに吃驚仰天して、比較論的エッセイを綴る。
というシロモノである。
これが笑って済ませられる問題なら、日本人には寛容に受け入れられる。
或いは、「確かにその通り。日本は間違っている」
と思えれば、ウンウンと頷きながら読み勧める。
が、生活の根深いところ、日本人固有の意識まで至ると、同じ日本人の発言ゆえによりいっそう憤慨する。
…というか、
「外国はそうだろうけれど、日本ではそれがふつーでしょ?何が悪いの?」
と思える部分を攻撃されると、まだまだ"閉鎖的な"日本人はプライドを傷つけられた気がして、怒ってしまうのだ。
そういうことに気がついてから、こういう本は「どうぞ笑って、少なくとも納得して読めますように」と思う癖がついたようだ。
元来、この手の本が好きなだけに、やっかいなことである。
だが、しょっぱな、笑わせてもらった。
「うちのとなりに来て住まわれては困る。」
純粋な文化を持つわたしたちの県に異国からの流れびとに住みつかれては困る…。」日本は閉鎖社会なのだ。
難民・流民の移住(保護)に対して出た意見なのだそうだ。
確かに、閉鎖社会だ。
いまだに鎖国しているようなもんだ。
私が住むのは「千年の古都」と自他称する古びた町だが、外国人が隣に住む、避難民が近所にいる、ことで"ヒナン"的な言動をする人に遭ったためしがない。
(それとも私が知らんだけか?)
とりあえず、私の周りにそういう言動を吐く輩はいないのだが…。
ミス・メープルは、たしか英語とフランス語しか出来なかった筈だ。が、いま今日、ミス・メープルほどの名探偵になりたかったら、このロンドンでは、少なくとも十ヶ国語に通じなければどうにもならない。アガサ・クリスティが生きていたら、ポワロ、、メープルの他にもひとり、語学達者の新人物をつくり出さずにはすまなかったと思われる。とくにも、ブラウンズのような立派なところで、編み物をしながら、お茶の香りの楽しみの合間に、耳に入って来る会話の、ちょっと妙と思われるものを、心にとめて分析し、その会話の主の行動をじっと観察するなどという芸当のためには、十ヶ国語だって実は不足だ。
探偵業も楽ではない。
つまりは、探偵受難時代、ということでしょうか。
以上EC(いまではユーロ)成立による、英国の首都の人種と言語の雑居状態を説明したものである。
話はこれから本番であるが、最初の導入部で「確かに!」と私が拳を握り締めたのが、日本の音の氾濫と強制である。
聞きたくも無いのに、
大音響でカーステレオを流し、なぜだか窓を全開している。(大音響で聞きたいなら閉めとけ)
真夜中だというのに、あのピー!という"超音波"を馴らしたままで、住宅地のど真ん中に居座る焼き芋屋。(通り過ぎるというなら判る。一箇所に居座るなら、音は切るべき。)
店の、外にまで漏れる宣伝や音楽。(それがキライな歌であり、声である場合もある。)
そしてなによりも、街宣車。(思想団体も選挙の車もひっくるめて。また、朝の7時すぎから大音響で宣伝をして回っている"飲み屋"の宣伝カーなんてのもあるのだ。)
「そうそう。そーなんよね」
と、走馬灯のように頭の中を駆け巡ったのであった。
だが、著者は言う。EC各国から、或いはもとコモンウエルス(英国連邦。平たく言うと、植民地)からやってきた雑多な人種の人々のお陰で、「ご飯がまずい」が緩和されつつあるのだと。
ただの茶色い水だったものは、いまや薫り高いエスプレッソコーヒーに。
生ぬるいビールに代わって、フランスの葡萄酒が。
そりゃーよかったね。
ISBN:4120012271 単行本 犬養 道子 中央公論新社 1983/01 ¥1,029
私は論理的でないんだな、きっと。
「中国人の論理学」
があまりにもしんどくて、判らなくて、とうとうギブアップしてしまった。
中国の春秋戦国あたりの思想家を引っ張り出して、その思想を論理的に分解・解体・理解しようというあたりで…もうあかん。
「歴史がすき」
ではどーにもならなんだ。
文革を推し進めた、その基本である「毛沢東語録」だが、、実は彼らが徹底的に否定した先人の諺を、その中で使いまくっているというのは、笑えたが。
そういうのは、中国人のDNAに染み付いて取れない"性"なんだそうだ。
文革の途中で失脚して、ソ連に亡命しようとして飛行機事故で死亡した林彪氏は、枕元に孔子の言葉を掲げていたのが非難の対象になった模様。
林彪か…。
杭州旅行で泊まった"外国人専用ホテル"が彼の別荘だった。
とてつもない敷地の広さ。
プールのための別棟。
持つものと持たざるもので、あまりにも格差がありすぎるから、だから"革命"にまで突っ走っちゃうんだよね。
その点、国民皆"中の上"意識の日本では、そこまで走れない。
著者は中国哲学史専攻の教授。
うう〜む。
もう、すっかり頭が硬くなったのかもな…。
も、次行こ、次。
「中国人の論理学」
があまりにもしんどくて、判らなくて、とうとうギブアップしてしまった。
中国の春秋戦国あたりの思想家を引っ張り出して、その思想を論理的に分解・解体・理解しようというあたりで…もうあかん。
「歴史がすき」
ではどーにもならなんだ。
文革を推し進めた、その基本である「毛沢東語録」だが、、実は彼らが徹底的に否定した先人の諺を、その中で使いまくっているというのは、笑えたが。
そういうのは、中国人のDNAに染み付いて取れない"性"なんだそうだ。
文革の途中で失脚して、ソ連に亡命しようとして飛行機事故で死亡した林彪氏は、枕元に孔子の言葉を掲げていたのが非難の対象になった模様。
林彪か…。
杭州旅行で泊まった"外国人専用ホテル"が彼の別荘だった。
とてつもない敷地の広さ。
プールのための別棟。
持つものと持たざるもので、あまりにも格差がありすぎるから、だから"革命"にまで突っ走っちゃうんだよね。
その点、国民皆"中の上"意識の日本では、そこまで走れない。
著者は中国哲学史専攻の教授。
うう〜む。
もう、すっかり頭が硬くなったのかもな…。
も、次行こ、次。
足を方は番開いて膝を軽く曲げ、両脚にほぼ均等に体重をかけて腰と肚はしっかりとさせておき、背筋はすっと伸びて肩の力は抜けた状態である。自然体は、安定した立ち方であり、少々押されてもぐらつきにくい立ち方である。」これと対照的な立ち方は、何かに寄りかかって立っている立ち方であり、支えを急にはずされるとよろけてしまう立ち方である。あるいは片方の足を伸ばしきって一本のつっかい棒のようにし、それに寄りかかる立ち方も、自然体とは対照的である。
「腑に落ちる」や、「堪忍袋の緒が切れる」や「腹縫い据えかねる」など、日本語にはからだの微妙なニュアンスを表す「からだ言葉」が豊富にある。
「清濁併せ呑む」と言う言葉も、あわせて呑み込んで肚に入れるという身体感覚を表現している。自分の価値観では割り切れないものも肚に呑み込むという感覚は、たんに自分と異なる感覚を認める、あるいは頭で理解するということとは異なる。きちんと呑み込んで肚におさめたからには、少々のことでそれを蒸し返さないという粘り強さが「併せ呑む」や「肚におさめる」という言葉にはある。
腰をすえ、肚をきめて物事に取り組むということは、よほどしっかりとしていないと駄目だってことだ。
ほかにも、
「作戦を立てる」と「作戦を練る」
はまた違う。
考えや、技は、練らなければならないのである。
中国人の論理学―諸子百家から毛沢東まで
2004年10月20日 読書
中国人は論理的である。かもしれない。
日本人は非論理的である。かも知れない。
でも、どちらかといえば、中国人は、中華思想に見るように自己中心的で自意識過剰で、面子を大事にする叙情的人間が多いのではなかろうかと…思ったりもする。
今日この頃。
でなきゃ、あれだけの文明を、気づいては壊し、壊しては築き、を繰り返せるだろうかと。
そのバイタリティには、日本人は絶対勝てない。
そんなことを考えたりするのだ。
ま、一筋縄ではいかない国民性であることは確かである。
だから、面白いんだけれどね。
さて。
論理的は非論理的か。
著者はまず「中国語」と呼ばれるものの特長から考察を進めている。
漢字しかない中国においては、人は漢字への執念を、すさまじいまでの執念を見せる。
その点、カタカナやひらがなに逃げる余地のある日本人とは随分違うのだと。
同様に、
また、中国人は漢字の概念に忠実であろうとするため、固有名刺や人の名前においては、ちょっとでも発音が共通すると、大胆な省略をしてでも中国風の名前に当てはめようとする。
だから単なる音訳ではなく、その音訳として当てられた漢字の持っている概念を、そのまま生かすような工夫をするのだという。
例えば。
「雷射」=レーザー
「雷達」=レイダー
となる。
雷の光線なのであろう。
他にも、
「維他命(ウェイターミン)」…彼の命を維(まも)る⇒⇒?
「保齢球(バオリンチイオウ)」…齢を保つ球⇒⇒?
「迷イ欠(ニイ:アナタという漢字の代用)裙(ミニチュン)」…ニイ(あなた)を迷わす裙(スカート)⇒⇒?
などなどがある。
外来語に対して、漢字を当てはめて言う作業は、漢字しかない中国語圏では撮っても大変だが、それだけに苦心の作に対しては、「成る程」とうなずき、あるいは感嘆することが出来る。
論理非論理を超えて、矢張り漢字は面白い。
ISBN:4121004809 新書 加地 伸行 中央公論新社 1977/01 ¥378
(答え)
日本語で言えば、?ビタミン?ボーリング?ミニスカート、となる。
日本人は非論理的である。かも知れない。
でも、どちらかといえば、中国人は、中華思想に見るように自己中心的で自意識過剰で、面子を大事にする叙情的人間が多いのではなかろうかと…思ったりもする。
今日この頃。
でなきゃ、あれだけの文明を、気づいては壊し、壊しては築き、を繰り返せるだろうかと。
そのバイタリティには、日本人は絶対勝てない。
そんなことを考えたりするのだ。
ま、一筋縄ではいかない国民性であることは確かである。
だから、面白いんだけれどね。
さて。
論理的は非論理的か。
著者はまず「中国語」と呼ばれるものの特長から考察を進めている。
漢字しかない中国においては、人は漢字への執念を、すさまじいまでの執念を見せる。
その点、カタカナやひらがなに逃げる余地のある日本人とは随分違うのだと。
例えば「冷房」という日本語がある。この「房」という漢字は部屋という意味である。とすると、「冷房器具」の「冷房」は、「房を冷やす」、すなわち「部屋を冷やす」と言う意味になる。
しかし、「部屋を冷やす」といおう意味は、「空気を冷やして、その結果、部屋が冷たくなる」ということである。すると、日本語の「冷房」、すなわち「房を冷やす」というふうに、「房」と「冷やす」とを直接に接続するのは、厳密にいえばかなり飛躍があることになる。「冷房」とは、「空気を冷やす」という手段による結果のことである。日本語の「冷房」ということばは、漢字が示す"感じ"をとっただけであって、事実を捉えたわけではない。ところが、冷房のことを中国語では「冷気(ルンチー)」という。「冷気」ー「空気を冷やす」という"事実"をずばりと表わしているのである。
同様に、
ヘリコプターは「直升(飛)機」とか「旋翼飛機」、あるいは「直升旋翼(飛)機」というふうに訳している。
また、中国人は漢字の概念に忠実であろうとするため、固有名刺や人の名前においては、ちょっとでも発音が共通すると、大胆な省略をしてでも中国風の名前に当てはめようとする。
だから単なる音訳ではなく、その音訳として当てられた漢字の持っている概念を、そのまま生かすような工夫をするのだという。
例えば。
「雷射」=レーザー
「雷達」=レイダー
となる。
雷の光線なのであろう。
他にも、
「維他命(ウェイターミン)」…彼の命を維(まも)る⇒⇒?
「保齢球(バオリンチイオウ)」…齢を保つ球⇒⇒?
「迷イ欠(ニイ:アナタという漢字の代用)裙(ミニチュン)」…ニイ(あなた)を迷わす裙(スカート)⇒⇒?
などなどがある。
外来語に対して、漢字を当てはめて言う作業は、漢字しかない中国語圏では撮っても大変だが、それだけに苦心の作に対しては、「成る程」とうなずき、あるいは感嘆することが出来る。
論理非論理を超えて、矢張り漢字は面白い。
ISBN:4121004809 新書 加地 伸行 中央公論新社 1977/01 ¥378
(答え)
日本語で言えば、?ビタミン?ボーリング?ミニスカート、となる。
日常にあっても劇的に
2004年10月19日 読書シェークスピアの翻訳を、明治の時代から苦労されている話は、本当に判りやすかった。
順次、同じ人(坪内逍遥氏)の50年(!)にわたる翻訳の変遷(そして苦悩)を見れば、本当によくわかる。
日本語(話し言葉を除く)は乱れている、というけれど。
今現在の「標準日本語」とされる日本語を我々が手に入れたのも、そんなに昔のことではないのだ。
勿体無い。
もっと大切に使わないと勿体無いよ。
…とつくづく思った。
順次、同じ人(坪内逍遥氏)の50年(!)にわたる翻訳の変遷(そして苦悩)を見れば、本当によくわかる。
日本語(話し言葉を除く)は乱れている、というけれど。
今現在の「標準日本語」とされる日本語を我々が手に入れたのも、そんなに昔のことではないのだ。
勿体無い。
もっと大切に使わないと勿体無いよ。
…とつくづく思った。
劇的に生きる。
劇的な人生を経験する。
劇的な人生に感激する。
木下順二と聞いて、ぴんと来なかった私は馬鹿です。
「夕鶴」
の作者。
いやそのね。
なんとなくずーっと昔の人のような気がして…ね。
(別に、とっくに死んだ人だろう、なんて言っちゃあいないけどさ←言うてる)
オイディオプス王にマクベス、フェードル、ハムレット、女房学校に井筒、平家物語。
劇作家の綴る言葉を噛み締めながら辿ると、新しい世界が見えてくるから不思議だ。
導者がしっかりしていると、本当に違う。
ISBN:4004304024 新書 木下 順二 岩波書店 1995/08 ¥663
劇的な人生を経験する。
劇的な人生に感激する。
木下順二と聞いて、ぴんと来なかった私は馬鹿です。
「夕鶴」
の作者。
いやそのね。
なんとなくずーっと昔の人のような気がして…ね。
(別に、とっくに死んだ人だろう、なんて言っちゃあいないけどさ←言うてる)
オイディオプス王にマクベス、フェードル、ハムレット、女房学校に井筒、平家物語。
劇作家の綴る言葉を噛み締めながら辿ると、新しい世界が見えてくるから不思議だ。
導者がしっかりしていると、本当に違う。
ISBN:4004304024 新書 木下 順二 岩波書店 1995/08 ¥663
身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生
2004年10月17日 読書
最近、日本人がおかしい。
すぐにキレる。
衝動的。
そして刹那的。
腹に力が入っていないのだ。
腰が据わっていないのだ。
腹に力が入らず、腰の据わらぬ者には、仕事を任せてはいけないと、昔から言われてきた。
日本の文化は腰と腹の文化でもある。
それが敗戦で価値観が失われ、まだ回復していない。
(日本的なものはすべて否定された)
高度成長期は、そんなものに見向きをしている余裕が無く。
オイルショック直後の70年代が再生の機会であったが。
80年代に始まったバブルでまたもやなおざりにされ。
90年代ははじけたバブルの後始末でてんやわんやでまたもや余裕が無い。
そして21世紀。
日本人の身体感覚は、滅びつつある。
孫引きながら、平沢弥一郎著「足の裏は語る」より
確かに。
こうして言われるまでも無い。
街中を歩けばすぐに目に付く。
自分の体を支えられない人間。
思わず背骨の形を心配してしまう態勢をとる人間。
背骨が屈曲すれば、あばら骨も変形しよう。
そうなれば、そのふたつの太い骨の間に守られた内臓は?
…考えるだに恐ろしい。
写真で見る、「腰が入り腹が据わっている」明治の人々を見ると、男女関係無く「ちょっとやそっと押したぐらいではぐらつきもせぬ」姿である。
見事ではある。
(が、確かに脚は短い…ので、その辺にも理由は有るのではないかと思うのだが?)
もっとも、この本のいうように、自然体がどうのこうの、腰が入っているの腹が据わっているの、そういう小難しいことは別にしても、
ただ立つ。
座る。
それが出来ていないというのはどういうことなのか。
それほど頭が重いということなのだろうか。
(そしてすぐに風邪が悪化する自分の体力の無さにも腰の入らぬ腹の据わらぬ構えの弱さがあるような気がしてならない。それとも単に年のせいだろうか?)
ヨガや太極拳を含むカンフーが日本人に受け入れられるのであれば、地球や自然とのつながりを重視する、"自然体"を基本とする日本の「腹と腰の文化」も受け入れられないはずは無いーと思うのだが。
いかが?
ISBN:4140018933 単行本(ソフトカバー) 斎藤 孝 日本放送出版協会 2000/08 ¥1,019
すぐにキレる。
衝動的。
そして刹那的。
腹に力が入っていないのだ。
腰が据わっていないのだ。
腹に力が入らず、腰の据わらぬ者には、仕事を任せてはいけないと、昔から言われてきた。
日本の文化は腰と腹の文化でもある。
それが敗戦で価値観が失われ、まだ回復していない。
(日本的なものはすべて否定された)
高度成長期は、そんなものに見向きをしている余裕が無く。
オイルショック直後の70年代が再生の機会であったが。
80年代に始まったバブルでまたもやなおざりにされ。
90年代ははじけたバブルの後始末でてんやわんやでまたもや余裕が無い。
そして21世紀。
日本人の身体感覚は、滅びつつある。
孫引きながら、平沢弥一郎著「足の裏は語る」より
最近、直立能力の測定結果から見るに、現代人の立ち構えが、怪しくなってきたようである。つまり、人類の滅亡の危機の兆しが、見え初めて来たということである。ことはきわめて重大である。それは、現代人が立った時、足の裏に落下する重心のその位置が、だんだん踵寄りに移行し始めて来たのである。これは、現代人の立ち構えが、いわゆる「ふんぞり返り」の傾向にあることを示す。いうまでもなく、すべての動作の基本は、直立能力である。もしこの「ふんぞり返り」の現象が、直立能力の衰退に繋がるとすれば、ことはますます重大である。
確かに。
こうして言われるまでも無い。
街中を歩けばすぐに目に付く。
自分の体を支えられない人間。
思わず背骨の形を心配してしまう態勢をとる人間。
背骨が屈曲すれば、あばら骨も変形しよう。
そうなれば、そのふたつの太い骨の間に守られた内臓は?
…考えるだに恐ろしい。
写真で見る、「腰が入り腹が据わっている」明治の人々を見ると、男女関係無く「ちょっとやそっと押したぐらいではぐらつきもせぬ」姿である。
見事ではある。
(が、確かに脚は短い…ので、その辺にも理由は有るのではないかと思うのだが?)
もっとも、この本のいうように、自然体がどうのこうの、腰が入っているの腹が据わっているの、そういう小難しいことは別にしても、
ただ立つ。
座る。
それが出来ていないというのはどういうことなのか。
それほど頭が重いということなのだろうか。
(そしてすぐに風邪が悪化する自分の体力の無さにも腰の入らぬ腹の据わらぬ構えの弱さがあるような気がしてならない。それとも単に年のせいだろうか?)
ヨガや太極拳を含むカンフーが日本人に受け入れられるのであれば、地球や自然とのつながりを重視する、"自然体"を基本とする日本の「腹と腰の文化」も受け入れられないはずは無いーと思うのだが。
いかが?
ISBN:4140018933 単行本(ソフトカバー) 斎藤 孝 日本放送出版協会 2000/08 ¥1,019
先の読んだ本の、その勢いのままに、おまけ的に、読んだ本。
二歳児の"私"がママやパパやおばあちゃんを相手にさまざまな対応をして見せたり、近所の人たちの会話を耳にして感想を述べたり振る舞いを決めたり、同じ年頃の子供たちと遊んだりとまるで大人が日記を綴るが如くに書いて入るのがこの本の仕様である。
つまり育児書。
ママが、パパが、近所のオバサンが、おばあちゃんが、といろんな人がいろんなことにいろんな意見を述べたりしたりするわけだが、何が子供にとって良いことか、どのようにするのが望ましいかを物語り調に語るわけである。
だから、子供を持たない人間でも飽きずに読めるのだ。
だから、刊行年の古さに、ちょっと吃驚したりもするのだった。
ただし、旧来の大家族制が崩壊しつつあるその象徴として、「団地族」が生まれてきている様子が伺われるのが目に付く。
つまり時代性はやはり隠しようが無い。
「煩い姑小姑から離れての、団地ライフ」
とはいえ、ご近所さんとの付き合いは今のように疎遠ではない。
単に姑・小姑からの脱出、というところに力点が置かれているようだ。
勿論、その団地でも、世代間での行き違い問題もあるのだが、あくまでも前向きに解決していこうという姿勢が今はなくなってしまったものだろうなぁと羨ましくも思われる。
そして最終的には、その姑との思わぬ同居問題も本書には顕れてくる。
なにしろ、関東(多分東京)出身の妻に対し、夫の実家は京都である。しかも舅が亡くなって、姑が一人で残っているのだから。
思わず私のほうが「あちゃー」と声が出た。
さて、どのように歩み寄るのか。
互いに融合してゆくのか。
今も昔もここのところは変わらない。
が、あくまで本の主題は「二歳の"私"の育児法」である。
あまり参考にはならないだろうな…。
ISBN:400412137X 新書 松田 道雄 岩波書店 1961/03 ¥735
二歳児の"私"がママやパパやおばあちゃんを相手にさまざまな対応をして見せたり、近所の人たちの会話を耳にして感想を述べたり振る舞いを決めたり、同じ年頃の子供たちと遊んだりとまるで大人が日記を綴るが如くに書いて入るのがこの本の仕様である。
つまり育児書。
ママが、パパが、近所のオバサンが、おばあちゃんが、といろんな人がいろんなことにいろんな意見を述べたりしたりするわけだが、何が子供にとって良いことか、どのようにするのが望ましいかを物語り調に語るわけである。
だから、子供を持たない人間でも飽きずに読めるのだ。
だから、刊行年の古さに、ちょっと吃驚したりもするのだった。
ただし、旧来の大家族制が崩壊しつつあるその象徴として、「団地族」が生まれてきている様子が伺われるのが目に付く。
つまり時代性はやはり隠しようが無い。
「煩い姑小姑から離れての、団地ライフ」
とはいえ、ご近所さんとの付き合いは今のように疎遠ではない。
単に姑・小姑からの脱出、というところに力点が置かれているようだ。
勿論、その団地でも、世代間での行き違い問題もあるのだが、あくまでも前向きに解決していこうという姿勢が今はなくなってしまったものだろうなぁと羨ましくも思われる。
そして最終的には、その姑との思わぬ同居問題も本書には顕れてくる。
なにしろ、関東(多分東京)出身の妻に対し、夫の実家は京都である。しかも舅が亡くなって、姑が一人で残っているのだから。
思わず私のほうが「あちゃー」と声が出た。
さて、どのように歩み寄るのか。
互いに融合してゆくのか。
今も昔もここのところは変わらない。
が、あくまで本の主題は「二歳の"私"の育児法」である。
あまり参考にはならないだろうな…。
ISBN:400412137X 新書 松田 道雄 岩波書店 1961/03 ¥735
こどもの心に耳をすます―小児科医として母として
2004年10月16日 読書
障害児(教育)を含めた子供の成長・生育のために活動し続けている一人のひとりの小児科医のエッセイ。
母であり女医である彼女の、エッセイが詩とともに描かれるのは、子供の心に一番近いのが"詩"ではないかと考えたからだそうである。
子供は余計なことは考えない。
余計なしがらみも理屈も無い。
自分に正直に思うままにしゃべり、泣き、喚き、動く。
子供を育てるって、
命を育てるって、守るって…大変だ。
ISBN:4000228153 単行本 梅村 浄 岩波書店 2001/08 ¥1,890
母であり女医である彼女の、エッセイが詩とともに描かれるのは、子供の心に一番近いのが"詩"ではないかと考えたからだそうである。
子供は余計なことは考えない。
余計なしがらみも理屈も無い。
自分に正直に思うままにしゃべり、泣き、喚き、動く。
子供を育てるって、
命を育てるって、守るって…大変だ。
ISBN:4000228153 単行本 梅村 浄 岩波書店 2001/08 ¥1,890
うっわー!なつかしー!
と言える人は相応の年齢である。(ほっとけって?)
河あきら。
学生時代の、しかも小学校とか中学校とか、そのあたりで夢中になった漫画家だ。
やたらバッドエンディングで、しかも社会派で、泣くに泣けないような悲惨なストーリーがほとんどだった作家でもある。
貧困にあえぐ家庭の、誰も防ぎようが無かった死亡事件だとか、誰も責められないけどもっとどうにかならんかったんかいなー全部世の中が悪いんやー的な叫びが湧いてくる話とか、社会に疑問をもつ若者たちが心の叫びを吐き出す場所が無くて自分たちの存在意義を確かめるために社会を見返すために計画犯罪をやった挙句、ばかげたミスが原因で全員死んじゃって救いも何もなかったやんかーという話とか、架空の物語にしているけれどどう考えても今叉世間で大問題になっている北朝鮮の秘密工作員で実は日本人の血が混じっている主人公が母親の故郷を確かめようと日本に密入国して組織の手のものに追われて最後は生死もわからない状況で終わってひたすらその生還を待ち続けることになる純情な少女の話だとか。(改めて書き連ねると本当に悲惨だなー)
そんな作品の思い出しか蘇らない女流作家なのであった。
その中では「いらかの波」が唯一明るい連載漫画だったことは覚えている。
いらか=甍=屋根瓦。
いらかの波、とは、屋根瓦が波に見える…つまり、家々が並んで立っている様を表したものである。
当時はマンションは無くて、あっても2階建てのアパートぐらい。
それも屋根は瓦だったからね。
学園もので中学生が主人公。
ヒロインのおじいさんが大工だ、という設定で、複雑な家庭事情を背負った主人公が大工に憧れて、大工になるとかならないとか、そういう話だったと覚えている。
だから甍の波。
波のように連なる甍が、その下に住む人間の生活、つまり家庭を象徴していたのだと記憶している。
……それは兎も角。
今の話をしよう。
河あきらの描く人間は、線が神経質でみな細身で、性格もなんとなくカリカリしている感じだった。
豊満な体型の人間、グラマーという言葉で肯定的に認証される人間なんて存在しなかった。
"デブ"と称される以外には。
そういう時代だったのだと思う。
だから、自然漫画の登場人物もそうなった。
今の漫画は、随分絵が変わっている。
これは時代の要求だろうけれど、(受け入れてくれない=本が売れない)それでも時折昔の線を発見することがある。
正直、嬉しい。
理由は無いけれど。
懐かしい、と思うのかな?
さて。
「ワンダー!」は犬の名前。
まあ、色々複雑な関係ではあるけれど、隣どうしで住むことになった母と娘の、娘の家で飼っている、不思議な力を持つ犬の名前である。
犬が不思議な力を発揮するのは、些細なことがきっかけなんだけど、家族にとっては重大な局面でのこと。
それを家族も承知している。
「賢い犬なんだ」
とうのは、ワンダーと言う犬に対して、最大限の評価の言葉ではないと承知しながらも、そういうしかない。
どう見ても雑種の柴犬(!)っぽいワンダーは、人の心を察しもし、慰めもする。
犬って本当に家族だよね〜とそれだけでもほのぼのとしてしまうストーリーなのである。
あ、ちなみに、ワンダーは、やり場の無い悲しみをこみ上げさせるような話ではありませぬ。
家族の絆と個々の人格と、成長する人間の、そしてワンダーとの触れ合いのほのぼの(?)物語。
犬好きの私は、ワンダーだけでも十分なんだが…。
ISBN:4575333042 コミック 河 あきら 双葉社 2004/09/16 ¥610
と言える人は相応の年齢である。(ほっとけって?)
河あきら。
学生時代の、しかも小学校とか中学校とか、そのあたりで夢中になった漫画家だ。
やたらバッドエンディングで、しかも社会派で、泣くに泣けないような悲惨なストーリーがほとんどだった作家でもある。
貧困にあえぐ家庭の、誰も防ぎようが無かった死亡事件だとか、誰も責められないけどもっとどうにかならんかったんかいなー全部世の中が悪いんやー的な叫びが湧いてくる話とか、社会に疑問をもつ若者たちが心の叫びを吐き出す場所が無くて自分たちの存在意義を確かめるために社会を見返すために計画犯罪をやった挙句、ばかげたミスが原因で全員死んじゃって救いも何もなかったやんかーという話とか、架空の物語にしているけれどどう考えても今叉世間で大問題になっている北朝鮮の秘密工作員で実は日本人の血が混じっている主人公が母親の故郷を確かめようと日本に密入国して組織の手のものに追われて最後は生死もわからない状況で終わってひたすらその生還を待ち続けることになる純情な少女の話だとか。(改めて書き連ねると本当に悲惨だなー)
そんな作品の思い出しか蘇らない女流作家なのであった。
その中では「いらかの波」が唯一明るい連載漫画だったことは覚えている。
いらか=甍=屋根瓦。
いらかの波、とは、屋根瓦が波に見える…つまり、家々が並んで立っている様を表したものである。
当時はマンションは無くて、あっても2階建てのアパートぐらい。
それも屋根は瓦だったからね。
学園もので中学生が主人公。
ヒロインのおじいさんが大工だ、という設定で、複雑な家庭事情を背負った主人公が大工に憧れて、大工になるとかならないとか、そういう話だったと覚えている。
だから甍の波。
波のように連なる甍が、その下に住む人間の生活、つまり家庭を象徴していたのだと記憶している。
……それは兎も角。
今の話をしよう。
河あきらの描く人間は、線が神経質でみな細身で、性格もなんとなくカリカリしている感じだった。
豊満な体型の人間、グラマーという言葉で肯定的に認証される人間なんて存在しなかった。
"デブ"と称される以外には。
そういう時代だったのだと思う。
だから、自然漫画の登場人物もそうなった。
今の漫画は、随分絵が変わっている。
これは時代の要求だろうけれど、(受け入れてくれない=本が売れない)それでも時折昔の線を発見することがある。
正直、嬉しい。
理由は無いけれど。
懐かしい、と思うのかな?
さて。
「ワンダー!」は犬の名前。
まあ、色々複雑な関係ではあるけれど、隣どうしで住むことになった母と娘の、娘の家で飼っている、不思議な力を持つ犬の名前である。
犬が不思議な力を発揮するのは、些細なことがきっかけなんだけど、家族にとっては重大な局面でのこと。
それを家族も承知している。
「賢い犬なんだ」
とうのは、ワンダーと言う犬に対して、最大限の評価の言葉ではないと承知しながらも、そういうしかない。
どう見ても雑種の柴犬(!)っぽいワンダーは、人の心を察しもし、慰めもする。
犬って本当に家族だよね〜とそれだけでもほのぼのとしてしまうストーリーなのである。
あ、ちなみに、ワンダーは、やり場の無い悲しみをこみ上げさせるような話ではありませぬ。
家族の絆と個々の人格と、成長する人間の、そしてワンダーとの触れ合いのほのぼの(?)物語。
犬好きの私は、ワンダーだけでも十分なんだが…。
ISBN:4575333042 コミック 河 あきら 双葉社 2004/09/16 ¥610
スペイン映画・ケルトの森・中国五行思想・宮沢賢治。
「となりのトトロ」「ナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」。
それぞれがそれぞれに対応する。
そういわれて、
ああなるほど、といえるか。
え?と首を捻るか。
人間を自然のうちの一つと捉えるケルトの思想・五行の思想・日本古代は当然だったアニミズム。
砂漠の宗教として唯一絶対神を作り出さざるを得なかったキリスト教では、人間と自然は対等の関係ではありえない。
あってはならない。
ここだけ読んで誤解をせぬように、孫引きで、文章の一部分であることを了承されたい。
宮崎氏が述べる言葉を、本の著者はこう解く。
映画を見る前と見た後で段差がある。
映画を見たことで何かを掴んで、人間成長を果たして映画館を後にすることが出来る。
そうあるべきだ。
私も宮崎アニメのファンである。
ただし盲目的な、無条件で"好き"というファンではない。
物足りないと感じることも多々ある。
よく意味がわからない、意図が見えてこないと感じた作品もある。
特に、「耳をすませば」などは、その年代にぴったりと合う人間でなければ、あの微妙なニュアンスは汲み取れない。
単なる懐古趣味の映画としか映らない。
「紅の豚」しかり。
雰囲気が変わっている、おしゃれ、レトロ趣味。
では無いのだろうが、戦争に反対して、豚になってしまうぐらい反対して…それ以上のものを汲み取れないし受け取れない。
中途半端に終わっている映画、というのが正直な感想である。
そういうことすべてが、口惜しい。
だからこそ、上記のように映画はあるべきだという宮崎アニメの凄さを、この本で味わっていけるかどうか…たのしみである。
ISBN:4106100797 新書 青井 汎 新潮社 2004/08 ¥714
「となりのトトロ」「ナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」。
それぞれがそれぞれに対応する。
そういわれて、
ああなるほど、といえるか。
え?と首を捻るか。
人間を自然のうちの一つと捉えるケルトの思想・五行の思想・日本古代は当然だったアニミズム。
砂漠の宗教として唯一絶対神を作り出さざるを得なかったキリスト教では、人間と自然は対等の関係ではありえない。
あってはならない。
通俗作品は、軽薄であっても心情あふれていなければならないと思う。入り口は低くて広くて、誰でも入れるが、出口は高く浄化されていなければならない。
ぼくはディズニーの映画がキライだ。入り口と出口が同じ低さと広さで並んでいる。ぼくには観客蔑視としか思えないのである。
ここだけ読んで誤解をせぬように、孫引きで、文章の一部分であることを了承されたい。
宮崎氏が述べる言葉を、本の著者はこう解く。
映画を見る前と見た後で段差がある。
映画を見たことで何かを掴んで、人間成長を果たして映画館を後にすることが出来る。
そうあるべきだ。
私も宮崎アニメのファンである。
ただし盲目的な、無条件で"好き"というファンではない。
物足りないと感じることも多々ある。
よく意味がわからない、意図が見えてこないと感じた作品もある。
特に、「耳をすませば」などは、その年代にぴったりと合う人間でなければ、あの微妙なニュアンスは汲み取れない。
単なる懐古趣味の映画としか映らない。
「紅の豚」しかり。
雰囲気が変わっている、おしゃれ、レトロ趣味。
では無いのだろうが、戦争に反対して、豚になってしまうぐらい反対して…それ以上のものを汲み取れないし受け取れない。
中途半端に終わっている映画、というのが正直な感想である。
そういうことすべてが、口惜しい。
だからこそ、上記のように映画はあるべきだという宮崎アニメの凄さを、この本で味わっていけるかどうか…たのしみである。
ISBN:4106100797 新書 青井 汎 新潮社 2004/08 ¥714
おけらだってーみみずだってーあめんぼだってー
言葉。
つまり言語も生きている。
そして温度差があって、聞き手話し手によって、その与える影響(力)が大きく変化する。
何を良しといい悪しというかは、時代にもよるけれど。
日本語は本当に変化が激しい。激しすぎて就いてゆくのも大変かも。
中には驚く発見もあって、
というのに吃驚仰天。
そんなに"由緒ある"言葉だったとは。
1945年8月15日は、
終戦と書けば記念日にも出来るが、敗戦と書くとそうは行かぬ。
逃げる。うやむやにする。
それは日本人のもっとも得意とする分野である。
田舎、という言葉に対する考察もある。
かく言う私も学生時代、この言葉で失敗した。
「田舎」には「都」や「中央」に対する蔑みの意味合いが含まれている…事もある。
だが、必ずしもそうではなく、温かい、あたかも母の懐のぬくもりにかえるがごときの憧れを含んで言う場合もある。
私は友人に、
「次の連休は田舎に帰るの?」
と問うたわけであるが、それは勿論、蔑んで
「あんたの家は鄙びた田舎にあるのだ」
なんて思って言ったわけではない。
「ふるさと」
「親御さんの家」
「実家」
ぐらいの気持ちで発言したのだが、友人は顔色を変えて怒ったのだった。
私の言葉に、友人は「蔑み」「蔑視」を見たのだ。
(見つけたのではない。そこのところに念を押したいのだが。)
こんな単純な一つの言葉にも、このように温度差が出来てしまう。
どのように使うべきか…日常では、誰もそんなこと考えながら使っちゃいられないが。
言葉。
つまり言語も生きている。
そして温度差があって、聞き手話し手によって、その与える影響(力)が大きく変化する。
何を良しといい悪しというかは、時代にもよるけれど。
日本語は本当に変化が激しい。激しすぎて就いてゆくのも大変かも。
中には驚く発見もあって、
「ヤバイ」のもとになった「やば」は「不都合」とか「危険」とかいう意味で江戸時代から使われていたらしい。
というのに吃驚仰天。
そんなに"由緒ある"言葉だったとは。
1945年8月15日は、
終戦と書けば記念日にも出来るが、敗戦と書くとそうは行かぬ。
「敗戦記念日」というようなものを国民的行事にはしにくかっただろう
逃げる。うやむやにする。
それは日本人のもっとも得意とする分野である。
田舎、という言葉に対する考察もある。
かく言う私も学生時代、この言葉で失敗した。
「田舎」には「都」や「中央」に対する蔑みの意味合いが含まれている…事もある。
だが、必ずしもそうではなく、温かい、あたかも母の懐のぬくもりにかえるがごときの憧れを含んで言う場合もある。
私は友人に、
「次の連休は田舎に帰るの?」
と問うたわけであるが、それは勿論、蔑んで
「あんたの家は鄙びた田舎にあるのだ」
なんて思って言ったわけではない。
「ふるさと」
「親御さんの家」
「実家」
ぐらいの気持ちで発言したのだが、友人は顔色を変えて怒ったのだった。
私の言葉に、友人は「蔑み」「蔑視」を見たのだ。
(見つけたのではない。そこのところに念を押したいのだが。)
こんな単純な一つの言葉にも、このように温度差が出来てしまう。
どのように使うべきか…日常では、誰もそんなこと考えながら使っちゃいられないが。
想いは遙かなる茶都へ―彩雲国物語
2004年10月12日 読書
いよいよ"地元"を離れた主人公。
もはや守ってくれるものは無い、というわけで、旅の一幕を山あり谷ありで急展開で描きます。
……どーでもいいけど(良くないけど)、水滸伝のキャラを悪徳残虐盗賊団に活用されるのが唯一気に入らない。
これは私に限るまい。
「水滸伝」は、ファンが多いから怖いぞー、と思うのだが。
ISBN:4044499047 文庫 由羅 カイリ 角川書店 2004/09/28 ¥480
もはや守ってくれるものは無い、というわけで、旅の一幕を山あり谷ありで急展開で描きます。
……どーでもいいけど(良くないけど)、水滸伝のキャラを悪徳残虐盗賊団に活用されるのが唯一気に入らない。
これは私に限るまい。
「水滸伝」は、ファンが多いから怖いぞー、と思うのだが。
ISBN:4044499047 文庫 由羅 カイリ 角川書店 2004/09/28 ¥480