文明の吹き溜まり(というと悪いもののようだが)である日本の文化は、民族固有の和語に、早い時期から大陸の漢語(漢字)や朝鮮語が流入してきた。
その後も、途絶えることなく外来語がどんどんどんどん入ってきたが、まるで底なし沼のごとく日本海溝のごとく飲み込んで、今に至る。

それは悪いことだとは、私は思わない。

成長し変化してこそ、言語は生き続ける。

そんな言葉のあれこれを、立ち止まり振り返り考証しようという本…なのだろう。

平易な、普段使いの言葉を取り上げているので、非常に親しみやすいのと、「え?それって外来語だったの?」とか「日本語英語(和製英語)だったのか?!」と驚く言葉も見つかって楽しい。

ISBN:4121011996 新書 中村 明 中央公論社 1994/08 ¥714
流行のゲームの原作本である。
ゲームは兎も角……話は実に面白いのだ。
タイムスリップネタは、古来多く使われた手法だが、日本の平安朝(っぽい)世界で、美しい着物と建物と、雅な暮らしが夢のように広がる世界である。
ゲームはさておいても、楽しめようというものだ。

この漫画自体がはなからゲームとのタイアップ商品であったので、「最初に物語りありき」なのだが、この作者の初期の作品も
平安時代の、鬼が出るやら狸が出るやらの怪しげな物語草子であるので、まさしく得意分野、さぞかし腕の振るい甲斐があることだろうと思える。

ただしアニメ化は、賛否両論すごかろう。
人気作品だけに、ファンの心は複雑なのである。
(放映が夜中も夜中、とうことろが笑えるところだが、新興企業の戦略をあれこれ見せてもらっているようで、面白くもある)

ISBN:4592174623 コミック 水野 十子 白泉社 2004/10/05 ¥410
生々流転・有為変転・塞翁馬。
ローマの英雄カエサルとガリアの英雄ヴェルチンと。

最終的にはどちらが勝ったのか。
勝利は精神に刻まれる。
ゆえに…勝敗は目に見えないところにあり、人生の終わりの一瞬にその勝敗が見えるのかもしれない。

考えさせられる小説であった。

カエサルは、後にクレオパトラとの顛末で有名な人物であるが、彼の人生は、このガリアでの戦いで終局を迎えていたのかもしれない。
そう思わせる小説である。

カエサルを撃て

2004年10月7日 読書
重厚なヨーロッパ近世……以前の歴史"すぺくたる"を描く佐藤氏の本。
今度は、ローマ時代、今で言うところのヨーロッパらしいヨーロッパ(フランスとかドイツとかイギリスとか)に群雄割拠していたガリア人の英雄の話である。
群雄割拠…といえば聞こえは良いが、要するに、部族めいめいが自分の主張だけをして、一つにまとまら無かっただけのことである。
そこをローマに突かれて、征服され、重税にあえぐ、というのがこの物語の出だしであり、その圧制を跳ね除けてガリアを統一しようと言う英雄の物語なのである。

髪を短くそろえていたローマ人に対し、ガリアは髪に神が宿るとして、長く伸ばしていた。
ゆえに「長髪族」と呼ぶ。

ガリアは自然とともに生きる。
ガリアは、スコットランドやアイルランドと同じケルト人の民族である。
ハンで押したように抑圧されるが、そのまま黙っていないのがケルト人の生来の特性であるならば、ガリアはまさしくケルトの民だろう。

ドル=多い
イド=知
多くの知=ドルイドとは、彼らケルト人と神を結ぶものであり、一族の教師であり、医者であり、宗教者である。

首長である王も、その威光を背景にできなければ力を得ることは出来ない。
でもって、王といえど唯一至高の存在ではなく、戦さに敗れれば、その責任を取り、天変地異が部族を痛め付ければその責任をとらねばならない。
なかなか厳しい社会の仕組みである。

なにしろ、
「戦で部族の血が流されるのを防ぐために、その分、生贄の血を流す」
とか、
「(彼らの信仰する)神は血を欲している」
とか。

ち、血生臭さすぎる……

その中心にいるのが、ガリアの王・ヴェルチンジェトス、本書の主人公である。
ヴェル=スーパー
チンジェト=ウオーリアー
リクス=キング

やることなすことぶっ飛んでいる主人公。

この主人公を相手に、頭髪の薄さを気にする、ローマ人のくたびれおじさん、ガイウス・ユリウス・カエサルがどのように健闘してくれるのか、それが楽しみである。

ISBN:4122043603 文庫 佐藤 賢一 中央公論新社 2004/05 ¥780
久しぶりの…というか、そうでもないというか。
そういや、中途半端に気になるところで終わっていたんだ、前刊は。
ということに、本を手にして初めて気がつく始末である。

久々の軽快な口調とリズム溢れる文体に、日ごろのうさも晴れようというもの。
そう思って取り掛かったら…また、待たされるのね〜。

おまけにおまけの「セミニョール大活躍・君はギーゼラの正体を見てしまったのかあぁぁぁぁ!」の短編は、ちゃっかり既読だったし…読むところが少なくて、とっても寂しい。

実は先日から、佐藤賢一氏の本を読み始めていたので、あまりのギャップに驚いている。
悪い意味ではなく、軽い。
足が軽い、というか。

佐藤氏の、重苦しい、坂道を一歩一歩登る、自分をじっくり省みつつ、ちょっとづつしか先に進めないような、まるで徳川家康のような文章と物語に腰まで浸かっていた身としては、あまりに軽すぎて、空中浮遊してしまいそうだ。
ああ、気持ちの良いこと。

ISBN:404445213X 文庫 松本 テマリ 角川書店 2004/09/28 ¥460

しゃばけ

2004年10月4日 読書
頃は江戸時代。
のどかで穏やかな人の営みがあった頃。

場所は江戸。
廻船問屋と薬種屋を経営する大店"長崎屋"の蒲柳質の若旦那には、親より甘く、雷より怖い、ふたりの手代が付いていた。

年に一度は死に掛ける、というからだの弱さを補って余りあるのが、若旦那の周囲に住まうものたちの存在である。

祖父が守り神にとどこからかつれてきた二人は小僧時代から成長して手代となって、昼夜間断無く若旦那を守る。

若旦那も、自分の周りに出没する妖しいものたちを、妖しいとは思わ(え)ずに友達付き合いをする。

妖かしの者たちに囲まれて、人には見られないものを見て、考えることの出来る若旦那。
その若旦那を襲う、不可思議な連続殺人事件。
被害者は自分と同業の薬種屋なかり。

二人の妖かしを従えて(?)若旦那が事件解決に乗り出した。
……のかな?

江戸時代のお気楽太平ぶりがのほほんと伺われていい感じの小説である。

実際、自分で買おうかどうしようかと何度も迷った本である。
迷っているうちに友人に貸してもらえたのは、すこぶる幸運!

労働(して出世)する妖かし……
若旦那を甘やかす妖かし……

そのほうが、普通の妖かしより、なんぼか妖しい。

ISBN:410146121X 文庫 畠中 恵 新潮社 2004/03 ¥540

高須の国

2004年10月2日 読書
城山三郎氏の時代小説を読むのは本当に久しぶりなので、その物語の口調になんだか見慣れないものをみる気分がやまない。

それだけ今の「時代小説」の筆致が変化しているのだろうか。
単に、加齢による私の趣味の変化だろうか。

高須と言う尾張から分かれた小藩が、尾張藩主・慶勝を生み、会津藩主・容保を生み、桑名藩主・定敬を生んだ。

すべては、父である義建の厳しい教育の賜であると。

以前読んだ本に、大名家では、養子縁組が思う以上に多かったとかかれてあったが、幕末の激動の時代に、歴史に流される諸大名が多いのに対し、歴史の核になって動く彼らが、すべて兄弟であったというのも面白い。

ついでに言うなら、最後の将軍・徳川慶喜は、かれらのいとこであると。

冬の派閥

2004年10月1日 読書
時代劇。
幕末の御三家は、すでに徳川を守るためだけに存在しているのではなかった。

勤皇=倒幕、とはいかなくても、理想を追えばいずれはその道を辿らざるを得なくなる。

尾張藩も同じく。
藩内に対立する両派をかかえて、藩主徳川慶勝はどのように舵取りをしたのか…って、私自身はなじみの無い尾張藩(7代徳川吉宗の時の将軍家争いぐらいしかしらない)のお話である。

そう言っても、徳川慶勝は、あの会津藩主にして京都守護職の松平容保公、そして京都所司代の桑名藩主にして京都所司代・定敬公の兄に当たる人である。
そう考えてゆくとぐんと身近に感じられるか。

久々にまともな「時代劇」
楽しみに読ませていただこう。

ISBN:4101133174 文庫 城山 三郎 新潮社 1985/11 ¥620
子供の心をもっていたい。
純真な気持ちを抱いていたい。

大人になっても。
世の中の酸いも甘いも知ったうえで、感動を忘れない人間でいたい。

そんな気持ちを手助けするような、暖かな短編集であった。

自分のなみだを海の水に流して誤魔化す心もわかる。
だからこそ、海になみだを流すまいとする心もわかる。

でも、幼い頃に、こういう心温まる、感動できる経験をしているからこそ、回帰できる物語なのだ。

そう。
この童話が大人のための童話であり、「大人が涙を流す物語である」といわれるのも、そういう心持を持ったことがある大人たちだからこそ、涙も出るのではないか。
心のどこかに大事にしまいこんである何かに、そっと触れてくるそれに感情が流出してしまうのを止められないのではないか。

だが、子供たちは?
今の子供たちがそういう感情をもてるだろうか?
この物語がどれほど優れていても、そういうことを知らずに育った人間(子供たち)に、優しく温かい心を思い出させることが出来るのだろうか?

だからこそ。
幼いときには、幼いときでなければできない経験を、子供にはさせてやりたい。
ただでさえ、時間というのは逃げてゆくものなのだから。

ISBN:4101331049 文庫 灰谷 健次郎 新潮社 1986/12 ¥378
榎木津探偵の(自称)下僕たち。
どんどん増殖傾向也。

だが、彼らに共通するのは、

自らも変人であるために、下僕であることを問題にしない
とか、
くよくよと勝手に考えてどんどんと沈んでゆくタイプであるために自分で勝手に下僕のレッテルを貼り付けている
とか、どっちかでしかない。

"小説家"関口氏タイプの登場人物が増えるのは、私としてはあまり嬉しくないのだが、狂言回しとして必要なのだろう。

しかし、狂言回しばかり増やされてもね。
どんくさい人ばかりが増えると、小説そのものもどんくさい香りが漂ってきそうである。
いや、だいたい。
どうしようもないとか小心者だとか平々凡々の究極の凡夫だとか、作者があまりにも自分で自分を卑下する人物を設定しすぎると、読むほうがしんどくなってしまう。
中心人物を際立たせるのに凡夫がそんなに必要なのかとついついうがった見方をしてしまう。
してしまう自分が辛い。
この作者の作品は、特に短編はとってもすきなのだから。

作者の意図を歪んで受け取ってしまいそうで、なんだか嫌な感じである。

あー褒めようと思ったのにな。この小説。
面白いのに、なんで出てくる文句ばかり。
レンガ本がさくさくと、進む。

思うに、京極氏の小説も、200ページまでの短編のほうが程よくまとまっていて、内容に倦怠感もなくて、とっとと進んでさっさと読めて、良いようだ。

私だけかもしれないが。

名探偵、というか「この世界でただ一人の探偵」榎木津よりも、その周囲の下僕たちの活躍が目覚しい…というか楽しい小説である。

余談ではあるけれども、「五徳猫事件」でクローズアップされたカムカムキャット(招き猫)。
バブルの頃には"行け行け招き"と称して、きんきらきんに飾り立てた置物もあったことを思い出した。

あれは一体何を呼ぶのであろうか……?
なんとなーく。怖い。

それともこういうものを飾っておくのがトレンディだったのだろうか?

日本人がその心の奥底では何を求めているのか、時々わからなくなる。

百器徒然袋 風

2004年9月27日 読書
久々のレンガ本♪

レンタルのレンガ本♪

奇妙でパワフルな探偵・榎木津はともかく、その周辺の(割と常識的な)人たちから話が始まるのでありがたい。

今回は化け猫か?

読みやすくて、本の重さも苦にならない。

関東大震災の話がよく出てくる。
当然である。
小説の舞台は、太平洋戦争が終わってさほども経っていない。
そして震災は大正時代の話。

9月の頭に関西でも強い地震が(また)続いたので、他人事には思えないのであった。
ちなみにうちはマンションの7階なので、真ん中からぽっきり折れて倒れた凌雲閣もやはり他人事とは思えないのである。

ISBN:4061823795 新書 京極 夏彦 講談社 2004/07/06 ¥1,365
北海道富良野市刊行

実は、無料配布本である。
先週、JR京都駅前の某百貨店の物産展(みたいなもの)で貰った。
食べたのは、ソフトクリーム。
滅茶苦茶濃くて美味しかった。
さすが酪農王国・北海道(のヘソ)!

富良野市が21年間続いたという例のテレビドラマの影響で、過疎地の汚名を晴らしてしまったのは事実であるらしい。
そうだとすると、やはりテレビの力って凄い。

北海道の中心部だからヘソ。
その富良野市が、この21年間。そのように歩んできたか。
或いは自然がどうであるか、要は案内本なのだ。
が、写真もいいし、本の体裁は(大きさばかりでなく厚さも)新書版で読みやすい。
文章も上手にまとめている。
無料配布本としてはなかなかのモノであると思える。

ちょっと得をした気分だ。

ところで、最初に読んでいて驚いたのだけど、富良野の三分の一を占めるのは東京大学がもっている「演習林」なのだそうだ。
適当に間引いているので、原生林にしては明るい。
明るいといっても、ちゃんとヒグマもでる。
(ちょっと嫌だな、と思った。しょうがないけど。)
日本で一番大きな蝦夷鹿も勿論出没する。
(そうか。奈良の鹿より大きいのか。それは手ごわそうな…)

で、ふと思ったのだが。
「演習林」
って、何をするんだろう?
研究材料?
でも、「演習」でしょ?
普通、演習ということばから想像するのは、軍隊とか自衛隊とかが、訓練をしているイメージなんだよね。

よく聞く言葉では有るのだけれど、ちょっと気になってしまったのだった。

ついでに富良野にも行きたくなる。
トワイライトエクスプレスに乗って……。
JR、この寝台車の切符は取りやすくなったのかな…?

ラストは笑って

2004年9月25日 読書
昔読んだコミックの中で、「走るバーサン」というものが出てきた。
登場人物の会話の中で出てくる人物だ。
AがBに話をしている。

何気なく車の窓に視線をやる。
車の窓のすぐそとをおばあさんが歩いていくのがみえる。
ああ、おばあさんだな、と思って、ハタ、と気がつく。
今、車は走ってるんじゃないのか。
目の錯覚かと再び窓の外を見る。
おばあさんが…いる。
そしてこっちを見て"にやり"と笑うのだ。

そう。怪談なんだな。
話を聞いていたBがごくりとツバを飲み込む。
次の瞬間の画像は、Bが脳裏に描いた(多分幽霊である)ばーさんの姿。

車の横を、陸上選手張りに△△走法で必死で走るバーサンの図…。
想像して、笑ってしまうという、そう、このコミックはギャグものであった。

それがどーした、なのだが。
それがこの本を読んで思い出したものなのだ。

「ラストホープ」
釣りが判らなきゃ魅力半減…でもなかった。

なかなか笑える。もとえ、微笑ましい小説である。
推理小説…でもないか?とちょっと疑ってしまうぐらい筋と登場人物のほうが面白い。

中でも、前述の"走るばーさん"ならぬ、悪賢く・機転が利き・身のこなしもスポーツ選手並みの"ばーさま"は最高なのである。
(勿論走る)

いくつかに分かれた話と人物を最終的に一つにつなげてゆく話法で、殊更に描写を抑えているのがいらいらするときもあるが、それを考えても面白さが優位に立つ。

最後は笑って、

よろしゅうございました。

ラストホープ

2004年9月24日 読書
推理小説である。
最初は釣り好きのためのフライのお話か?と思ったが、違った。
貸し金庫強盗が出たり、怪しいファックスが届いたり、頭を殴られたり、宝石を盗まれたり、まぁ、いろいろある。

最後の望み。
なんていうと悲観的になってしまう。
そう。
断崖絶壁を背中に抱えて、何処にも逃げられない絶体絶命の状況にいるような気にさせる。

最後の最後に、ウチに来なさい!
ぜったい大丈夫!
最後の砦!最後の希望!
といいたいのだろうが。

…そこでダメだったらどうするよ?

どう始末をつけてくれるのだろうね。

ISBN:4488445012 文庫 浅暮 三文 東京創元社 2004/06/30 ¥756

名探偵登場

2004年9月23日 読書
フィル・ボーモント氏ご活躍の一冊。
以前読んだような気もするが、完璧に筋を忘れている。
だから、支障はあるまい。

英国の田舎。
共産主義者の子爵。
怪しげな奇術師。

…奇術師、しかも脱出専門といっても、ヒキタテンコウ氏のようなエンターテイナーもいるわけだから馬鹿には出来ないが。
私は彼女を見るたびに、初代ヒキタテンコウ氏を思い出す。
脱出技の、心臓への負担が、早すぎる死の原因だといわれたものだった。
だが、彼のあの脱出術は、見事としか言うほか無かった。
二代目のプリンセスのほうは、あまり見ないので判らないが。

…コナン・ドイルは名前だけでも貫禄あり。
歴史小説家になりたかったのに、推理小説家で売れてしまった彼も、不本意な名声を得ることになったが、それで「サー」なら文句を言うなと言うところ。

田舎の貴族の屋敷の豪勢さの描写が良い。
相変わらず寒そうではあるが。

いつも思うが、外国人は体感温度計が鈍いのだろうか?
寒い冬に半そでで京都市内を歩いていたりするし。
まぁ。
特に英国人は、お酒も"ぬるめ"が好き。
熱ければ熱い、冷たければ冷たい、という極端な温度のあるものは嫌うと聞いているけれど。

なによりも、犯罪そのものよりも、ピンカートン探偵社、というそっちのほうに興味が惹かれる読み始めでありました。

ISBN:4488192025 文庫 植草 昌実 東京創元社 1999/07 ¥1,029
カタカナで書いてある、"ユキオ"と言う名が、難しい(ラシイ)作者は、勿論写真家である。

当たり前だが、カメラの名機・ライカとモノクロ(白黒)写真しか出てこない。
あ、いや。
話だけならニコンとかも出てくるかな。

いかにレモン社でライカが安く買えると言われても、矢張り高い。
それにあくまでも"趣味の品"であるそれを、数十万出して買う余裕もまだ無い。
憧れることは出来るけれど。

否。
憧れるだけにしておくのが無難なのかも。

自分で現像も出来ないし、将来する気も無いのに、欲しいという欲に駆られたらどうしようもない。
ジレンマにいらいらするだろう、きっと。

矢張り、ライカには、手の届かないところに鎮座していてもらうのが、一番。

ISBN:4870998017 文庫 内田 ユキオ エイ出版社 2002/12 ¥630
「旅するカメラ」の続編である。
実は作者がサイトで書き溜めていたエッセイを、選んでまとめた本であることが、先の本でわかった。
読んでいるうちに、自分もカメラがほしくなってくる…そんな麻薬のような本である。

有害図書??

専門学校にはいるなり教化される「カメラはニコンかキャノン」病。
そういう人が世に満ち満ちていることも実感としてわかる。(違うメーカーだと、あからさまに侮辱する人がいたりして)
写真はメカじゃないだろぉ?
と口に出していえる腕じゃないところが哀しいのだが。

今までで一番面白かったのが、
「お買い物ー幻のスーパーアンギュロンー」
という項で、作者である写真家が幻のスーパーアンギュロンレンズを入手するまでの話。
その導入部に、レモン社というカメラ好きなら誰でも知っているお店の話が出てくる。
日本だろうとパリだろうと、カメラ好きの"おやぢ"が、密集する、同じ光景が見られるのだという。

ポマードの匂いで満ち。
ショウウインドウにはおでこと鼻の油のあとが……。
ほとんどの人が買うために来ているのではなく、ただただ見ているだけ。お目当てのものはたいてい、安くても10万円はするからおいそれと変えるものではない。だけど気にはなるから毎日来ては店頭をチェックする。(中略)
意を決して購入するときは、「クレジットの確認は家ではなく会社のほうに。くれぐれも日中は自宅に電話しないでくれ」と念を押し、買ったブツは自分のカバンに入れて持ち帰る。お店のロゴが入った袋など言語道断である。家に帰ったらそっとカメラの前棚に紛れ込ませ、家人への隠蔽を謀らねばならない。店で漏れ聞こえてくる店員と客との会話は滑稽でちょっと泣けるものがある。

OLのおやぢ化が言われて大分経つけれど、確かに、このおやぢさんたちの、カメラを買うその気持ちがわかるような気がする。
…といったら、矢張り問題だろうか?

本格的にカメラ、ほしくなってきたなー。

ISBN:4777901505 文庫 渡部 さとる 〓@53B2@出版社 2004/07 ¥683

旅するカメラ

2004年9月21日 読書
プロカメラマンのカメラに対する愛情を綴ったエッセイ。
何処でどう何を手に入れて、今どのように使っております。
はい。
これがその写真です。
こういう失敗談も有りました。

てなわけで、用語や状況説明がややマニア向き。
判らないところは飛ばして読もう不如帰。

読んでいて、
「カメラは楽しんで撮ればいいんだよ」
という、気持ちの軽くなる、写真を撮りたくなる気分にさせてくれた点では、先に読んだ、
「お茶と写真の時間」(藤田一咲著)
が上だった。
と、素人である私なんぞは感じた。

といいながらも、モノクロ写真を見つめていると、こんな写真を撮ってみたいと思う気がしてくるから、カメラは写真は理屈ではないようだ。

ライカかぁ〜夢のカメラだけど、万が一手に入れたら、私は飾っとかずに使いまわして挙句つぶしてしまいそうな気がする…。
ガサツなのと、なんでも「使ってナンボ」だとおもっているから。

ISBN:4870999498 文庫 渡部 さとる 〓@53B2@出版社 2003/09 ¥630
友人に借りた本の…中の一冊。

お茶も写真も好きなので、(そしてこの本自体、写真もとっても豊富なので)楽しみながら読める。

昭和のカメラ。
遊び心のたっぷりあるカメラ。
レトロ、というのにはきつい(私だって昭和生まれだし)けれど、懐かしいという気持ちに嘘はつけない。

いいなぁ。
こんな写真を撮ってみたいなぁ。

カメラは高価だからすぐには手が出ないというけれど、身近な人や身内がもっているフィルムカメラを譲り受ければ、すぐにでも撮影できるんだよ。
確かにそうです。

人間じゃ有るまいし、機械のカメラが古いからと言う理由だけでボケたり傷んだりするもんかね。
ああ、確かに。
そうかもしれない。

しかし残念。
父の遺したカメラは、とっくに私がつぶしてしまっている……。

ISBN:4777901114 文庫 藤田 一咲 〓@53B2@出版社 2004/05 ¥683

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