文字通り、サッカーの日本代表とJリーグと監督と評論家と解説者と…をてんこもりに笑いの渦にたたきこんだ本。

中身は4コマ漫画である。
         〜しかも、全編カラー!!(豪華!)

サッカーのことをそんなに詳しくなくっても、今度のワールドカップの代表の名前を羅列できなくても、大丈夫、笑えます(笑)

たった4コマのなかに深い意味を込め、シュールかつショッキングかつシビアでダークで端的に言い表されたこの漫画、まさしく俳句・和歌に通じるものがある。
こうして考えてみると、4コマ漫画っていかにも日本向きなんだよね。
しかも、選手や監督らの人間関係もよっくわかる(笑)
はっきり表に出してはいないけれど、分かるんだな、これが。

この漫画にファンが多いのも良く分かる……。

サッカーには特別に応援している誰がいるわけではないけれど(ゴンは好き。ゴン父も!)、それだけに誰が出てきても肯定できる。(面白いし笑える)
あ、そうそう!
「油断のならない」(←ちょっと油断すると例の駄洒落で腰砕けだもんな)越後屋…もとえ、セルジオさんのキャラクターも大好きです。

それにしても。
いや〜いろんな本が出るもんですね。
さすが、ワールドカップの年だ。
今回は早々に出場権を獲得したので、ハラハラドキドキ感が長く味わえなかったのが物足りないといえば物足りない…仏蘭西大会の時のように、夜中にテレビの前で何度も気絶寸前まで行って見たい…気も…するような、しないような(笑)

ISBN:4930942713 大型本 村山 文夫 日本スポーツ企画出版社 2005/11 ¥840
某読売テレビのニュースキャスター(解説委員?)で、阪神タイガースファンで(ここが重要!)で、人気のある著者が、2002年3月に"冬休みを利用して"出かけたアフガニスタンは、当時危険度指数5「行っちゃいけない外国」だった。

当時テレビでこの報道を見て、ぜひとも欲しいと本屋を回って探した本だった。
一冊だけぽつんと書棚に残っていたのが印象深い。

入国は"仕方なく"国連機、だが出国は陸路をタクシーで峠越えする難路…。
おまけに強盗が!
変な智恵をつけられたタクシーの運転手が、特別料金を払わなけりゃてこでも動かない、といったのだった。
まったくもぅ…。

アフガニスタンのタリバンのよる暴挙、世界の顰蹙を買ったバーミヤン石窟の破壊。
写真で間近に見てみれば、ごっそりと抜け落ちたかのような跡。
かすかに残った仏画の上に、タリバン兵士のサイン…。
そんなところに名前を書いたら一生、いや、未来永劫"罪の証拠"が残るぞ〜。
仏教がいかに慈悲深い宗教だからって…ろくなモンに転生しないからな〜。(と密かに思う私)

そこに住む人々の顔には哀しみと苦しみと…。
笑顔はまだ遠い。
多くの種族が住み、利権が絡み合えば、大小を問わず揉め事は起こる。
そして文字通り"力の"強いものが正義になる(なってしまうのだ)

ありきたりの報道に疑問を感じた著者が「一観光客としてみたままのアフガニスタンを伝えたい」と思い立って実現した取材旅行は、随所に散りばめられた大阪弁のおおらかさと、さりげないツッコミで非常に楽しい文章となっている。

こういう"取材"に僅かとは言え(全部ひっくるめて250万。旅行期間1週間。これって破格に安いらしい)お金を出し実現させる某テレビ局って、さすがにすごい。
だから高視聴率を維持できているのかなぁと思ったものである。

何度読み返しても、面白い本なのだ。

ISBN:4820398202 単行本 辛坊 治郎 日本テレビ放送網 2002/06 ¥998

捜神記

2006年4月9日 読書
いや…てっきり出てこないだろーと思っていたんで、出てきてびっくり。
うん。これは、あれだな。
漫画とかがいっぱい並んでいたから、いっちょ原作(翻訳だけど)も並べとくかーってのりだな。うん。

平凡社の東洋文庫というのは、その見てくれと違い、とってもマニアックでシュールで笑える本が揃っている。

勿論、学術的かつ高尚な"読み物"もあるのは間違いないのだが。

どっちかっていうと、マニア向け。
これもそのひとつで、三国史の直後、晋時代に編纂された、「神仙関連の記録」である。
だから、突拍子もない話や(見てくれではなく能力的に)化け物のような人間がぞろぞろ出てくるし、天変地異や荒唐無稽な事件や怪異もぞくぞく現れる。
また、「日本昔話」的な教訓ものもちらほらあるので、子供が読むのにもいいかもしれない。(ただし責任は一切負わないからそのつもりでよろしく)(笑)

だから、読む本がなくなったときにはちょうどいい読み物である。

本日は、ちょっとした近場の旅へのお供であった。(他のものと一緒に鞄に放り込んでも、本が硬いから少々のことではつぶれないのだ)

ISBN:4582800106 文庫 竹田 晃 平凡社 1964/01 ¥2,940
ちょっと毛色の変った本を読んでいる。
今まではこの手の本は読まなかったのだが…。
さて。
なんの心境の変化かや?

あるがまま、描かれたがままの、その姿を、素直に受け取ることを念頭に置きながら読む。

そんなことを考えつつページを繰れば、台湾の、戦前・戦後の在り様を、ひとりの台湾人が淡々と語る本だった。

1945年の第二次世界大戦の終結。
その後、台湾は日本の支配を脱し、当時中国大陸を統治していた(といえるのか?)中華民国の支配下に入る。
そしてそれからが、台湾の、40年にわたる辛い日々が始まる。

……日本人は知らないだろう。
蒋介石をトップとする"外省人"が、(厳密には高砂族などの本来の原住民を除いているようなニュアンスもあるが)現地人である"本省人"に対し、どんな仕打ちを続けたか。

知らなかった。
本当に。
申し訳ないぐらい、何も知らなかった。

1947年の「2・28事件」
蒋介石率いる国民党を中心とする外省人に対し、我慢の限界を越えてしまった本省人がストをおこし、やがて暴動へと発展する。
それに対し懐柔策を打ち出したように見せかけた国民党は大陸から軍隊を呼び寄せ、無差別の殺戮を繰り広げた。
そして、"考える頭"があるから抵抗をするのだという、どこの軍事独裁政治でも考える短絡的思考にのっとって、知識層(医師・弁護士・学者・教師)を片っ端から無実の罪で逮捕し処刑したのだという。
しかもその処刑の方法が…中国って、昔からそっち方面は悪名高いですからね…。

被害者の数は3万人とも5万人とも言われている、という。

そんな事実、知ってました?

私は…そこそこいい年をして、なにを勉強してきたのか、なにを見聞きしてきたのかと、本当に情けなくなった。

日本人は知らない。
著者である蔡 焜燦氏はそう語る。
犬(日本人)が去って、豚(中国人)来たり

であると。
犬は煩いが、守ってくれる、さて、豚は……?

ちなみに、台湾では文章(漢字)を横書きで描くときは、日本のように左⇒右ではない。
右⇒左である。
その理由というのがふるっている。
この暗黒時代、蒋介石は自分たちを追い出した大陸(中華人民共和国)の共産党を憎んだ。
その憎しみのゆえに、字を「左から」書くなんてケシカラン!と嫌った。
言うまでもなく、共産党=左翼である。
かくして横書き文字は右から始まる……と、いうわけである。
人の命が懸かっていなければ、笑い話程度の低レベルの話なのだが。

ところで、その蔡氏であるが。
彼の祖国である台湾は、戦前・戦中は日本の一部であった。
「決して、よく言われるような、植民地ではなかった」
と彼は言う。
同じように教育を受け、同じように出兵をした。

勿論、金持ちと貧乏人では教育のレベルにも差はあったが、
「それは日本人同士でもあったこと」
もっとも差別が皆無なわけはない。
仕事の俸給に、台湾人と日本人の格差があったことが差別である。
だが。
帝国主義で収奪することしか考えなかった西洋列強の支配とは違う。
日本の支配はそうではなかった。(と、例をさまざま挙げて語っている)
だから、台湾の人々(今では随分お年寄りであるが)は日本人を、日本を、日本語を懐かしむのだと。

彼は若くして日本本土へ渡り、岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に入隊している。
そこで終戦を迎え、日本人のように不安を抱き、同時に独立して国となる台湾に希望を感じてもいる。
その中で、日本人に対し、あまりにも酷い真似をする朝鮮人を見、その心のあり方が、自分たち台湾人とはかけ離れたものであることを感じてもいる。

儒教思想が厳しく受け継がれた中国や朝鮮では、そうなってしまうのかもしれない。
日本や台湾のような島嶼だからこそ、自分の器に合った、変化と発展を遂げることができるのだろう。

……このくだりを読んでいて、私の父が言っていた事を思い出した。
父は歴史が大好きで、特に中国史が大好きで、NHKのシルクロードや漢詩の旅などを食い入るように見ていた人だった。
少年のころに戦争体験をしている父である。
だが、中国や台湾については、その想いは自分のなかで消化されている観があった。
その父が、なぜか、朝鮮だけは嫌っていたのだ。
「許せない」
と呟いた事もある。
理由はいわなかった。私たちも聞かなかった。
だが、戦後直後、まだ少年だった父が見聞きし体験した何かが、そのご数十年の人生のすべてを決めてしまったらしい。
どちらが、だれが、どうだ、というのではなく、人の気持ちをそこまで歪めてしまう不幸を、私は繰り返したくはない。

蒋介石の跡を継いだ蒋経国は、その人生の終盤近くになった1987年に"私は外省人ではなく台湾人だ"といった。
台湾に光が差し始めた、ようやく新しい国づくりが始まった、まさしくそのときであろう。
たとえそれが"外圧"によるものであったとしても。(外圧の正体はR・レーガン大統領…こんなところまで日本に似ているのか)
その遺体を収めた棺を宙に浮かせ、あくまでも台湾の土に戻ることを拒んだ(=大陸に帰ることを願った)蒋介石の独裁政治が始まってから40年がたっていた。
蒋経国の死後、後を継いだ李登輝が、台湾人としての初の総統なのである。

もうひとつは、この本の題名(副題)に関係がある話だ。
蔡氏は言う。
日本人は自分を責めすぎる。
謝りすぎる。
我々は、日本の一部として戦争に行き、多くのものを失ったが、それは"日本人"として、ほかの"日本人と同じ"だったというだけのこと。
日本人はたくさんの遺産を台湾に残してくれた。
教育も文化も文明も。
大陸からわたってきた国民党が、そのすべてを数十年前のレベルに戻してしまうほど、台湾は進んでいた。
日本がそこまでレベルを上げたのだ。
だから、胸を張れ、と。(決して、居直れ、といっているのではなく)

"日本人は統治をする"
"中国共産党は人民を食わせる"
"国民党は収奪する"
その言葉が、歴史のすべてを示すのだ。

そういわれると、なんといっていいのか、返す言葉がない(言われなれてないから)(笑)のだけれど、それでもこれからは、台湾を旅行したときに年配の方が日本語で話しかけてくることへの申し訳なさやわだかまりはもう感じずに、旅行できるのが嬉しい。

そして、ありがとうと、謝罪ではなく、お礼の言葉を述べられることに大きな感謝をしたい。

そして、蔡氏との因縁も深い、今は亡き司馬遼太郎氏。
(取材以外の付き合いもあったようだ)
彼の「台湾紀行」はもう一度じっくりと読まねばなるまい。

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これは私の僻み以外のなにものでもないのだが。
先だって、「無極」という映画を見に行った。
主演は3人の男性+ヒロイン。
誰がヒロインの愛を勝ち取るか、という話で、日本・韓国・中国ので男優が出演していた。
日本からは真田広之が、"大将軍"という、名誉も地位もなにもかも手に入れた御大役で登場。
最初は上手くいっていたようなんだが…?
大将軍の地位から最期は囚人にまで堕ちる。
韓国からは、チョ・ドン・ファン(切るところがわかりません)一人の人間としてすら認められない身分でありながら、その純情一途さがポイント高し!自分を犠牲にしてもヒロインを守ろうとする健気さと若さと未来性を内含している。
中国からは、ニコラス・ツェー。二枚目で気障でナイーブで仇役。だけどその実、心は少年のまま(だから、わがままで自分本位で始末が悪いのだが)。
とまあこの設定を見て、いろいろいろいろ深読みをしてしまったのだった。
もしかして、日本はもう斜陽だといいたい?
かつてはたいしたもんだったけど、と?
完成された華麗さ・美の中心、つまり文化的には中国がトップだと?
でもって、これからの韓国?
う〜ん。
考えすぎだろうなぁ…いくらなんでも、とは思うのだけど。
ねぇ?
深読みする原因もそれなりに多くてこまるよ……

ISBN:4094024166 文庫 蔡 焜燦 小学館 2001/08 ¥650

南海の金鈴

2006年4月5日 読書
毎度おなじみ!ディー判事の推理活劇…といってもマニアックなのかな?
もしかして。

西暦7世紀の半ば。
中国に燦然と輝く、唐王朝。
その、有能なお役人であるディー判事がめぐり合う事件を推理してゆくという、時代性豊かで好きな人にはたまらなーい・おもしろーい推理小説。
しかも作者(ロバート・ファン・ヒューリック氏)は東洋人ですらないときたもんだ。

常々思うのだが、こういう不可思議なものを出すのは、早川の得意技だな、まったく。

時代は前述のとおり。
場所は広州。
国際色豊かな王朝であった唐代。
都の賑やかな場所では西洋風の音楽が奏でられ、金髪碧眼の美女が裙(スカート)をひらひらさせて踊っていたのだ。
そんな時代であるから、大きな港町である広州に、大食人(タージ)と呼ばれるイスラム教徒や、彼らが滅ぼしたペルシャの遺児が住んでいてもおかしくもなんともない。

そしてまた、数々の大乱を避けてはるかな北方から逃げてきた難民の子孫たちは、最下層の賤民として陸に住んではならない(だから水上で生活する)など、いわれのない差別を受けている。

種種雑多な人々が集まる喧騒の町。
その町で、中央官庁のやり手の役人であり、ディー判事の友人である"若くてハンサムな"御史太夫が行方不明になった。
さっそく極秘裏の捜査に乗り出したディー判事だが、捜査を始めるや否や、友人とその連れは無残な死体で発見される(もったいない…)
犯人は誰か?
そしてこの国際色豊かな町に、どんな策謀が存在するのか?

犯人は、中国人か?
タージの船乗りか?
それともペルシャ人の商人なのか?
忌み嫌われるタン蛋家(タンカ)の刺客なのか?

だれもかもが、怪しい…

あ、そうだそうだ。
標題の、「金鈴」っていうのは、こおろぎの種類です。(だそうです:私は知らないけど)
中国では昔から、鳥を飼っては早朝から(!)カフェ(?)へ出かけて互いの鳥の声を競わせたりする、優雅な生活をしておりました。
ま、庶民のささやかな楽しみって奴ですね。(中国のこーゆーゆとりは憧れる。今は知らんけど)
鳥だけではなく、こおろぎの羽音とかもあったわけで、この金鈴というのが絶妙な音を奏でる種類だったそうです。
ほかには、こおろぎを闘わせる遊びというのもありました。
日本でも闘鶏とかあるでしょ?あーゆーのですね。

この小さなこおろぎが、事件の鍵を握っている、というわけなんですね、実は。

ISBN:4150017816 単行本 和爾 桃子 早川書房 2006/01 ¥1,050
対決!香港おばば
ちょっと寄り道をする。

先だって、ブログで知った、この本。
香港では気軽に書店で売っているらしいのだが、日本だと地域限定でしか手に入らない。
或いは、通販。(本代は税込みで千円。私は〒の"ぱるる"で振込み・冊子小包で郵送してもらって、全部ひっくるめて¥1,340−だった)

…ということで、先だって注文しておいたら、本日到着、早い早い。
そこで予定を変更し、こっちを先に読み・書きすることにしたのだ。

とにかくキョーレツ!
笑っていられる私は幸せ。
当事者は大変だろうな。
…これから当事者になるかもしれないアナタ!(香港人と恋愛中とか結婚を前提にお付き合いをしているとかの)
ゆめゆめも気をしっかりもってくださいね、と本は語る。

政治的な、中国だから、日本人だからどうのこうの、ではなくて(←多分、いや絶対、そんなこと、考えてないな!)、ひたすら迫力!の香港(のオバチャンたち)。

日本のオバチャンはまだまだだな、と思わず腕組みしちゃったよ…って、くれぐれも、真似はせんでよろしい。

限定でほそぼそと(?)(笑)販売しているようなので、勿論レビューはなし(笑)
自分でスキャンしてくっつけました。

    詳細はこちらへ⇒http://plaza.rakuten.co.jp/sophie

とりあえず、目次を上げておくことにする。

序章  香港おじじ&おばばはこんなやつだ!
     ?声がデカイ
     ?あつかましい
     ?絶対に謝らない
     ?とにかく面子
     ?ひとの話は聞かない

第一章 結婚前のおばば
     ?『不要物収集魔』でしかも『ものあげ魔』
     ?勝手にやっとくからカネはおまえが払え
     ?タダのもんはとことんもらっておけ
     ?テーブルマナー無し
     ?衛生観念まったく無し
     ?日本からヨメの親が。その時おばばは?

第二章 結婚後のおばば
     ?スープ攻め
     ?自称料理上手
     ?夕食宅配サービス
     ?電話でチェック
     ?息子の家はワシの家
     ?終末はワシと一緒にきまってるやろ
     ?しもべよ!ワシのために働け!
     ?怒涛の家族メシ
     ?上納金は当然でしょ
     ?日本人がなんぼのもんじゃ!

第三章 子供ができてからのおばば
     ?おばば迷信披露〜妊娠中のタブー
     ?おばば独り舞台〜ワシが!ワシが!
     ?おばばナンセンス劇場〜泣く子も黙るキテレツ大百科
     
第四章 おばばの珍言・奇行小ネタ集

第五章 実録!結婚生活 in 香港


ま、「そういうことも(日本でも)アリじゃないの?」と思うことも、実はある。
だけど、妙にシリアスにならず、"笑ってください"、というのが著者の本音じゃないかな?


「気は使って当たり前」
「これぐらい気配りができないとは、なんて田舎者
というオーラをばんばん出しまくっている京都人と好対照なので、対決する事になったらさぞかしすごいだろうなぁ…と考えてしまった。
ハブとマングース……?
…物事を見てみよう。

この年になって、ようやくそんなことを思うようになった。
それで、今までは見向きもしなかった(というか、視界に入らなかったんだと思う)本を読み始めた。

嗚呼、不惑も過ぎてるって言うのに……。

ま、何事も遅すぎることはなし。
一生を終えるまでに気がつけば、それでいいのかも。
(まったく気がつかずに人生を終えるよりは)

本っていつになっても、新しい出会いがあって、教えられることがあって、感動することがあって。
すごい。

本を読まない人は、絶対損をしていると、やっぱり思う。
別に押し付ける気はさらさらないが。

とりあえず。
いろいろ、読んでみようと思う。
(それで何かが変るかどうかはベツモノとして)

本の紹介と感想は、長くなる(きっと、多分)ので、また明日。

ガンバ!

2006年4月2日 読書
ガンバというと、私にとっては

「ガンバの(大?)冒険」
なんだけど。
……つまりねずみの大冒険。

     ガンバ♪ガンバ♪ガンバと仲間たち♪
               しっぽをたってっろ〜♪

…とまあ、懐メロは置いといて。

「主将戦記」
読了。
ガンバの逆転優勝って、そーゆー話だったのね、と今頃知った。
まあ逆転で勝つ、というのはどんなものでも劇的で感情を揺さぶるものだけど。
サッカー選手は、チームと、国の代表と、両方をかけていくから大変だよね。
いや、ほかのスポーツでも有ることだけど、サッカーはそれによってもたらされる影響が大きい。
難しいスポーツだ…。
しかし、海外へいって揉まれて、だからこそ、日本はここまで強くなったと思う。
それは、WC(トイレではない)初出場の仏蘭西大会の前と後のプレイを見れば一目瞭然!

可愛い子には旅をさせろと昔から言うとおり。
立派になって帰ってきたじゃァないですか!(どっちかというと、獅子はわが子を崖から突き落とすか?)

さて、今年はどうかな〜?

祖国とは国語

2006年4月1日 読書
この人の文章は、とっても読み易い。
そして分かり易い。

読みやすくて分かり易いから、読む人が多い。
自明の理である。

前半は日本について。
「国家の品格」にあったように、日本(人)を立て直すために、国語を重視しなおせという話。
そして後半は、がらりと変わって、短編のエッセイ。これがまた面白いのなんのって…。
短編でも、短くても、ここまできちんと意思を、意図を伝えることが出来るんだなァと感心し学ぶことが多かった。
話の落としどころもグー!

さて。
「国家の品格」でも書かれていた様に、今の日本人は、日本は、ひたすら崩壊への道をひた走っていると解く。
たしかに、いちいちその通りだと読者である私は頷く。
それもこれも、ゆとり教育だとか、経済さえ盛り上がればいいんだとか、思い違いもはなはだしいへ理屈が大手を振ってまかり通るようになってからのことなのだと。

国民が、自国の言葉をまともに使えず、知らずして、どうして国が保てようか。
国民が、自国を愛することを他国にはばかって、どうして国が保てようか。

愛国心とは、戦前・戦中の暴挙を推し進めた物欲や「他国を蹂躙しても自国が栄えればいいという考え方」だけを指すのではない。
自分の生まれた国を、祖国を、その自然を環境を暮らしを芸術を文学を歴史を、そして自分の住む町や友人や家族を愛するということ。
祖国愛と著者が呼ぶものもあるのだ。
国際大会で、日本のためにがんばると素直に言い切れない何か、自然に感情の吐露できないなにか、もやもやした化けものを私たちは背負っている。
それは私も重々承知していることだ。

だけれど、それは決して言ってはならないものではないのだと。

ならば、我々はなにも肩身を狭くする必要はないのじゃないか。
早々と「日本を愛する」と「日本の為にがんばる」といっていいはずだ。
だが…今、現実にそれがいえるか?
企業家もマスコミも。
政治家ですらいえないだろう。

そういえなくしている。
そういえなくしてしまった。
経済競争にのみ走っていた日本という国は、なにかを履き違えたままここまで来てしまったようなのである。

嗚呼成る程、と頷くばかりで続くページはそう多くはない。
多くはないのに、心の奥底の、なにやらもやもやした化け物を振り飛ばしていく。
それは非常に心地好いものだ。
強力なお祓いをしてもらった気がする…わずか数百円で(文庫だから)

なにが、とはいえないぐらい、いちいち最もなるほどと頷く箇所が多すぎて、列挙して並べることが出来ないほど、この本はいろんな矢印を示している。

何はともあれ、日本字はITだの英語教育だのに力を入れすぎて、肝心の"国語"をないがしろにしている。
その時間はどうやって作り出しているのか?
子供のいない我が家では、そこまで想像力が働かなかった。
それもまた恥ずかしいことだが。

小学生がパソコンを習い英語を習う為に、国語や算数などのただでさえその学力低下が懸念される教科が、ますます時間を減らされている。
円周率を3.14から3に変えた(許容した)と聞いたときは、流石にわが耳を疑ったけど、あれ以上の悪事を働こうというのか。

これではまともな日本人は育たないだろう…教育者ではない私だって容易に想像が付くことだ。
なのにどうして日本の子供たちの教育に権限を持つ方々がそのことに気がつかないのか。
国語の時間が減らされることに不安を覚えた筆者に、教育者はこう言ったという。
「大丈夫、ほかの教科は”日本語で”教えますから。」
…って本気か?本気で言ってるのか?といいたくならないか?

『冷戦時代は日本が戦勝国だった。(経済の軌跡の発展んことを言っているようだ)
だが、冷戦後は日本を戦勝国にしてはならない。21世紀までに叩き潰せ。』
そんな意図の下、長い年月をかけてシュミレーションをし、実行し、その結果、まさしくそれは現実のものとなった。
(それだけ日本がへたれだったってことだが)

さて?
どこの国の話でしょう?
おえらい政治家の皆様、こーゆーことも、ちゃんとわかってやってるはずだよね?

この人の本、ちょっと集めて読んでみようかな…?
お祓いに(笑)

ISBN:4101248087 文庫 藤原 正彦 新潮社 2005/12 ¥420
サッカーは…あまり分からないので、小難しいことを言われても困る。
でも、試合は見る。
面白いとも思える。

でも、正直言ってそこまで頭脳を使ってやっているんだとは思いませんでしたよゴメンなさい失礼しました。
なんて。

野球だと(好きだから)ピッチャーなりの、バッターなりの、走者なりの作戦とかしかけとか、わかるんだけどね。

好きでたくさん見ないと分からないよな。
逆に言えば、"門前の小僧ならわぬ経を…"の如く、好きだ好きだで見ているうちに専門家になってゆくのかもしれない。

中国を転戦して戦ったアジアカップで、すんごい嫌がらせを受けた日本。
ああ、あれね、と大抵の人は思い当たるんじゃないかな?
たとえばサッカーなんて見ない人出も、ニュースで大々的に取り上げられたからね。
あれはひどかった。
正々堂々とかスポーツのマナーとかフェアプレイとか、まったく、どこにもなかった。
あんな国で平和の祭典であるオリンピックが開催できるわけがない!と本気で思った。(今でも心配している)
こうなったら「死んでも勝て!勝って中国(人)の鼻を明かしてやれ!」と私でも思った。

当事者で、あんなひどい環境で試合をしている選手たちは気の毒だと、心から思った。

キャプテン宮本氏。
静かに怒ってたのね。
絶対勝つ!って。
でも、怒り狂うわけでもなく、冷静に。

男だね!
格好いいね。
…だから勝てたんだろうな。
スポーツはあれこれ見るほうだ。
野球もオリンピックもマラソンも駅伝も。
アメリカズカップ(ヨットレース)も。

サッカーは見るけど、ほとんどワールドカップがらみの試合だし。
生の試合は、京都の西京極球場で二度、地元サンガの試合を見たのと、ナント(仏蘭西)で対クロアチア戦を見たのみ。

で、現状、誰が誰でどのチームにいるんだか、よくわからないけれど。

友達に借りて読み始める。
2002年の、日韓合同ワールドカップの時の話から始まる。
あの時、「バットマン」とあだ名されていた、覆面…というか、鼻カバーで目立っていた人(多分それで"ああ!"と思い出す人はいるはず)、それが宮本恒靖(通称"ツネさま"(笑))である。

もう4年前の話か…。
早い。
はやすぎる。

でもって、最初のWカップ出場となったフランス大会は8年前!
日本もようやく戦えるようになってきたようだし、これからが楽しみだね。

とりあえず、今年のドイツが楽しみ。
また寝不足かい〜?とは思うけれど。

ISBN:4093800812 単行本 ガンバ大阪 小学館 2006/02/10 ¥1,365

白牛さま

2006年3月30日 読書
創世にかかわっていて、

供物に欠かせなくって、

誰より働き者だから。

インドラ神より偉い!……というのはよく分かった。

だけど、その糞尿に愛らしいラクシュミーを住まわすなんて。
あんまりだ……。(そんなもん、有難く思えないよ〜)

あと。
苦行で力を得たからって、手当たり次第に他人様に(時には身内にまで)呪いを掛けるとはなんたること。(言霊と同じ感覚だ)
インドの昔話って…シュールである。
聖書の約3.5倍。
ギリシャの二大神話である「イーリアス」「オデュッセイア」をあわせたものの約8倍。

それが、インドの叙事詩「マハーバーラタ」である。
えっへん。
…と、作者が推奨するこの物語。
ちょっと読んでいくだけで、いかにも男がだらしなく、女が強く愛らしく逞しく魅力に満ち溢れている。

徳性を磨き始めた人類に脅威を感じたカミサマたちが、「なんとかしてくれ」とブラフマー大神(カミサマの長)になきつき、大神は人類に男女の性別を与えた。
しかし、あらゆる点で女は男を凌駕しており

…だから、いろんな制限をいっぱい作って女を縛り貶めて、それでようやく男は威厳を保っていられるのだそうだ。

成る程。
そういう不文律・原則がすべての根底に流れているのなら、物語の流れもそうあっても当たり前か。

カミサマも大概、情けない。
すぐ美貌の女(勿論人間)に手を出そうとする。
それも他人妻が多いようだし、得の高い行者の奥さんだったりするから、逆に行者に"ぎゃふん"という目に遭わされている。

その辺、ギリシャのカミサマたちと大差はない。

自然発生的なカミサマは、大抵、産めよ増やせよで繁栄と豊穣を祈願するから、おんなじような性格設定になるのだろうか…?

ISBN:4334033407 新書 山際 素男 光文社 2006/01/17 ¥798

生水飲んだ

2006年3月29日 読書
インドの鉄道の旅の本 を読んでいると、つくづく思う。
この人の消化器系の強さ!

だけど、列車で食事として出てきたカレーについてきた水(インド人の飲料水)をそのまま飲んで、下痢をした、とあった。
流石に、おなかを壊したか…と思った。
抗生物質を立て続けに呑んで、それでも治らなくて、何度もトイレへ往復した。

なんだかなー。

中国へ旅をして、水割りを頼んで氷で当った人を知っている。
用心に用心を重ねて生水は口にせず、お酒ばかりを飲んでいたらしい。
だが、氷は生水から作られるもんだってことを失念していたのだ。

なんだかなー。

同様の驚きの対象だったのは、怪しい水に入れる清浄剤というものの存在だ。
それを入れると一応、大丈夫なんだって。
……そんなものもあるのね。

ちなみに、ハワイの水は飲める。
そして、とっても美味!
コンビニでミネラルウオーターなんか、買う必要は皆無である。

インド鉄道紀行

2006年3月27日 読書
抗生物質、風邪薬(葛根湯)、胃腸薬…その他いろいろ、を用意してまで行ったのに、嗚呼。
日本人は食事のたびに薬を飲む、と嘆くガイド氏だったが。
センセイ、薬飲まない。えらいね

(偉いのか?…つうか、薬飲む日本人は駄目なのか…)
と、ガイドのポールに言われて、飲めなくなった著者は、見事おなかを壊したそうです。
ご愁傷さま。

そも、インドにいってなにもなく(下痢をせず)、帰国できる日本人は皆無に近いらしい。
…そして、インド帰りには、友人からも「しばらくこないでね」な〜んて科白も叩きつけられる?という(笑)

ま、そこで生まれて住んでないんだから、仕方がない。

面白かったのは、インドでの食事と市場での食品の値段。
?ヒンズー教徒が牛を食べない(牛は神様)
?イスラム教徒が豚を食べない(不浄のもの)
?それに加えてヴェジタリアンが多い……。

?は置いといて、?と?のせいで、飛行機や列車のごはん(メニュー)では、鶏と鴨がおおもて。
市場の値段でも、牛や豚はとっても高い。
なるほどな…。

私は野菜のカレーは好きだけど、走り回って肉のしまった鶏も食べてみたい。
地鶏は高いからねぇ、日本でも。
ちなみに、地鶏の鍋は、塩をつけただけで食べます。
余計なダシとか味付けは不要、お塩だけでとっても美味しい…。
そして、とっても、お高い…。

上等な寝台車なら、インド鉄道旅行も出来そうだけど…、
死なないまでも入院確実だな

を実践しそうです。

ところで、この旅の同行者、若い(当時24歳)編集の高柳氏。
原田知世嬢主演の映画「天国に一番近い島」で、彼女の相手役を勤めた役者さんだったという。
8本の映画にでて、その後編集者の道を選んだ、というわけ。
…映画見てないしな。
いろいろ想像しながら、読むしかない。
すっごく無口な人みたいで、やたらと
「…………」
ばっかりの記述が目立つんですが(笑)

無口な俳優?

ISBN:4048832549 単行本 宮脇 俊三 角川書店 1990/04 ¥1,020
マーチン君は、どうなるのだ?
わからんぞよ〜。

なんと中途半端な終わりかた!不親切極まりない〜〜。
(とちょっと怒りのボライソーだったりする)

薄くて安けりゃいい、ってなもんじゃないでしょ?本はさぁ。
遅ればせながら…の、ボライソー・シリーズ。
久々に、若きリチャード君の活躍だ。
しかも士官候補生から、任官試験を受けて、見事合格♪
ってところから、話は始まる。

むちゃくちゃ若い〜!

あの、マーチン・ダンサー君の姿もすぐそばに見えるし、嗚呼いいなぁ、若いって……なんて、年寄りじみた感慨をもってしまうほど、年を食ってからのディックに幻滅していた自分を感じるわけである。

あいも変わらずお腹をすかしているヤングジェントルマン。
そして、定例通りの、"いじめっこ"も登場。
どこかで聞いたような名前のスループ艦も登場。(ホットスパー号だって……)(笑)

舞台は、現在英仏海峡の仏蘭西寄りに位置するガーンジー諸島(とくれば、デランシー)
いろいろなものがダブってて楽しいです。

ISBN:4150411042 文庫 高橋 泰邦 早川書房 2006/01 ¥567
自分で、ブレンドしてみよう〜といいつつも。

紅茶は農作物なので


気候によって味が変る。
それを一律の味にするために、プロがブレンドをしています。

これを超える美味しさを出すのは難しい


だけど、頑張ってね♪

というわけで。

紅茶は農作物。
確かにそういえば…でも、そんな風に考えたことなかったな。
ううん。
また雑学(?)が増えたような気がする。
映画館で予告フィルムをみて、「なんてかわいらしぃ〜♪」

動物が好き。
四足動物が好き。
犬猫系は特に好き。
きつね…も勿論、好き。

三重苦の子狐を、子供が助けようとするオハナシ…だと思う。
三重苦だから、ヘレン・ケラーの名前を取ってヘレン。
ではサリバン先生は?なんて、しょうもない突っ込みはナシ。

今では、北海道のキタキツネは随分人間に馴れてしまって、人間や車に近づいて餌をねだるとか。
昔(随分昔)(笑)は遠くから、厳重警戒の目でこっちを睨んでいたものだが。

その容姿のかわいらしさが、罪なんだろうなぁ。

日本では畏れや親しみをもって接せられる狐。
西洋では、狩猟民族には狩りの対象であったため、"獲物"として認識される。
「ニルスの冒険」に出てきた赤みがかった毛色の狐は、ニルスをしつこく追い回すドジな狐だったが、人間にとっては垂涎の獲物(高価な毛皮が歩いている!)だった。
農耕民族である日本人は、田畑を荒らす害獣(ネズミとかその他いろいろ:狐は雑食なので)獲ってくれる"益獣"だったので、祀られたり大事にされたり親しまれたりしたらしい。
狩猟民族と農耕民族ゆえの違いだ。

そのうち稲荷信仰(商売の神様)もできて、狐は神様にまで出世したが、江戸時代の老中・田沼意次などは"屋敷神"として祀り上げてしまった。
お稲荷さん、大出世である。
西洋の感覚では、まず、考えられない。

だが、その西洋と東洋で唯一共通する思考もある。
「狐の嫁入り」
がそうだ。
なんと、西洋でも、そう考えるんだと。
そのほうが、不思議。

ISBN:405403036X 単行本 テレビライフ編集部 学習研究社 2006/02 ¥1,300

中国火車旅行

2006年3月24日 読書
いちいちうんうんとうなずきつつ、その情景が浮かんでくるかのようにページを閉じて思いを馳せた。

とってもとても、楽しく、自身が旅行をしたように感じた一冊であった。

そもそも、中国の火車(汽車のこと)はすごい。あのでっかい国の隅々まで鉄道を通しているのだから、マニアなら乗らないのはウソだ。
ただし…しんどい。
はっきりいって。
日本ほどキレーでもないし、設備が(と訓トイレ!)良い訳でも、便利が良い訳でもないし。
平気で2泊だの3泊だのの距離を鉄道で座ったままで行く旅は、結構辛い。
私には、だけど。
だが同時に、上海から黄河を越えて、西域(ウルムチ)にまで達してしまう中国の鉄道は、力強い。
なにせ、砂漠だよ、砂漠のすぐ近くを行くわけだ。
街中を走るわけじゃぁないんだ。

この本で著者が旅をするのは、

?北京〜広州…南北縦断
?上海〜ウルムチ…砂漠を行く
?大連〜ハルピン…満州路
?成都〜昆明…南の国へ

3年続けて出かけて…でもたかが3年で、よくこれだけ乗ったなーと思う。
いくら仕事で取材でも。
なにしを相手はあの中華人民共和国だ。
こっちの都合でこっちの計画ですいすいと進ませてくれるような甘い国じゃない。
あれもいかん、これもいかん、と大いに制約をかけてくるような国なのだ!

?の旅などでは、脱線事故で1泊増え、汽車で4泊…私には耐えられないだろうな。
でも、流石に中国は国内中をモグラの巣のように鉄道網を張り巡らせて、ひっきりなしにそこに汽車を走らせているから、運行については日本に負けずとも劣らす!
だって、え〜加減に走らせていたら衝突事故だらけになるじゃない。
今まで考えたことがなかったけれど、鉄道に関しては中国は緻密で精密だったのだ!(意外…こらこら)(笑)

?ではシルクロードの旅をなぞっている。
ちょっと羨ましい〜けど、私なら西安や洛陽を通り過ぎるなんて出来ない!(笑)
私だけではなく、普通の人なら、絶対一駅づつ降りて、周遊するな。
その辺が、"乗ること"のみが旅の目的の人というのは変っていると思うところだ。
到着が遅れたために、ウルムチに到着したら、一服する暇もなく、飛行場へ直行…だなんて!
信じられます?

?ちょっと憧れる、ソ連っぽい都市の描写が面白かった。
いったことがない地域なので、行ってはみたいけど、寒いのが苦手な私はなかなかその機会が…。

?成都…は、もう一度行きたいけれど、ここでの汽車の旅にはふか〜い思い出がある。
1984年の春、この町から本当は飛行機で重慶に向かうはずだった私たち一行は、いきなり横入りしてきた軍人(解放軍というやつだ)2名のため、チャーター機であるにも関わらず、席を渡さねばならなくなり…泣く泣く(?)4名が前夜に汽車で重慶へと旅立つこととなったのだ。
4人分の席を2人で占領しやがったのだ…しかも、飛行機は私たち一行のチャーター機だっつうの。
今思い出しても腹が立つ。
この本も、1985年から始まった中国火車旅行なので、時代的にはほぼ一緒だ。
だから、いかに軍部が、そして中国政府がハナタカビーでいけすかないか、いかにふんぞり返っていたかが本を読んでいくと良く分かる。

ただし。
最大の利点は、当時は「日中(中日)友好」政策を取っていたこと。
どこへ行っても「友好・友好!」ともみくちゃにされた…(ホントに歓迎か?)(笑)

政府のおしきせであってもいい。
あの時代は、知り合ったばかりの中国人と肩を並べてひまわりの種のいったものを食べたり、肩を組んだり…楽しかったなぁ。

と、著者も人間関係においては結構な思いをしているようだ。

今はどうだろう…?
ニュースでしか知らないけれど、怖くて中国人においそれとは近づけないかもしれないな。

さて。
どーでもいいけど。
私の中国火車体験である。

?宜昌〜武漢…寝台車
宜昌は三峡下りの終着点。
中国で初めて乗った汽車が寝台車で、本当は眠れないはずだったのが、前日までの三峡下りの船中泊の疲れでか、ぐっすり寝た。小さな出っ張りと寝台の中央に仕切りのように(お布団が落ちないように?)張ってあるロープのみで「はっ!」と勢いをつけて上段の寝台に登らねばならない。
若いうちはいいけれど…なんて、寝台なんだ。しかもこれが特等なんだってサ。

?北京〜大同…寝台車
大同には中国三大石窟の「雲崗」がある。またこの地は、中国の火車を走らせる原動力・石炭の露天掘り炭鉱がある。
とにかく、すごい大きな炭鉱だ。あれだけあれば、中国は安心してまだまだ火車を走らせるだろうなぁ。
上段で寝たら、貴社の揺れのたびに(堕ちないかと)怖くて心配で、まともに眠れなかった。
フランス人観光客の一団と一緒で、そのうちの一人が同室(4人一室の扉の閉まる個室)だったのだが、仲間のいるコンバートからいつまで立っても帰ってこないので、とっとと鍵をかけて寝た。(跡のメンバーは私たち姉妹+中国人のおじさんで3人)
夜中遅く、2時ごろに、フランス人が帰ってきて鍵をがちゃがちゃ言わせているのが煩くて、起きて鍵を開けてやる。
ほんまにもう…。
挙句、連中はこの中国人のおじさん(再開したとき知ったのだが、かなりのえらいさんだった)に「大同には何時につくか!?」と団体で詰め寄っていたのだ…ヘタな中国語で。
まったく!
汽車に乗るなら時刻表ぐらい調べて来いってば!
(連中にはヘタな英語で私が教えたのだが、「英語喋っとる!」とばかりに驚かれたワイ。悪かったな。日本人じゃ。)

?上海〜蘇州

?上海〜杭州

?と?は、上海から近場へ行く路線。
景色もよく、風もいい。日帰りOKである(ちょっとしんどいけど)
ただ、私としては、蘇州〜杭州間は、運河を結ぶ船で一泊しての旅が一番楽しかった。
……夜中は熟睡できないけどね。
しょっちゅうなんだかんだにぶつかってるからさ(笑)
この船、よくつぶれないな…と感心する。

中国の貨車が何十両と、ちょっと想像できないぐらい長蛇の列になって走っているのと同じように、船もまた、客船だけではなく貨物を積んだ船(なんだか筏の上等なのみたいだったけど)を連結し、延々つらなって運河を進む。
ゆっくりと。

だから、そのなかのひとつやふたつや10ぐらいが、ちょっと陸だの反対側を行く船だのにちょっぴり(?)ぶつかったってどうってことはないのだ。(中にいる私らはたまったものではないが)

そう。私ら日本人が繊細すぎるだけんなんだろうともさ!(笑)

この路線、特に上海〜蘇州間は、みやげ物を売る服務員が結構しつこく出現した路線でもある。
同行の老人が纏め買いをしたところ、やれお茶だお代わりだお菓子だと、下にも置かない接待ぶりで随分と得をした。
まだまだ自由経済までは程遠い頃だったが、ま、人情である。

二度目に乗った蘇州〜上海間は、備え付けの(はずの)ポットもお茶もなくなっていた。
その代わり服務員が売りにくる。
この辺りから、汽車代にお茶代は含まれません…風になってきた。
こんなところだけ資本主義風なんだから…!

この、ささやかな私の体験が、この本に描かれているあちらこちらのひとつひとつの出来事にぴたりと符号するのだ。
「ああ、そうだったなァ」と乗ったことのない路線でも、「同じやなぁ」と思わせる。
そうね、「同じ、中国だもんね」

嗚呼、この本、自分でも買おうかな〜(これは友人からの借り物なのだった)
というか、自分でもきちんとまとめたくなったな、中国の旅。

ISBN:4041598052 文庫 宮脇 俊三 角川書店 1991/09 ¥441

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