柴五郎という人をご存知だろうか?
私は知らなかった。
(恥ずかしながら…)

それでも、幕末〜明治維新の頃に会津で生まれ育った人、と言えば彼の生き方のすさまじさは想像できる。
明治政府は、佐幕の態度を貫いた会津に対しては、徹底的に嫌がらせをしたものだ。
生きてゆけずに、海外へ移住した人々も多く、移住した先で血流を閉ざした人も少なくないという。

同じ日本という国に生まれながらの近親憎悪。
なんともあさましいことである。

柴氏は、そんな逆境にもまけず大将にまで登った人であると言う。
そして、彼の名を高らしめたのが、世界的に(世界史で?)有名な"義和団事変"である。
彼はそこにいた。

ついでに言うならば、この歴史的事件を扱った映画「北京の55日」もなかなかの名作である。
守城側の日本軍の指揮官が、救援の友軍の指揮官と出会ったときにはみょーな挨拶をしているが、これはきっとアメリカの陰謀無知のせいであろう。
大目に見よう。

柴五郎氏は、包囲された各国の寄せ集め軍を指揮し、守り抜いた人である。

ところで、当時北京で篭城した中には、民間人も多かった。
軍人以外の、政治家たちも多かった。
そのあたりのちぐはぐさも、「北京の55日」に描かれている。
義和団の方も、どうも真面目に攻めていたわけではないらしい、という見解もある。
まぁ、それは、必死で篭城している本人たちには分かるわけは無い。

その中には、学者もいた。
中国学者・漢学者という人たちである。
55日も迫り来る義和団の群れに対抗し、篭城した学者さんたち…の中に、大学の恩師の祖父君がおられたのだと、今頃知った。
「あの先生のあの性格は、おじいさま譲りだろうか…?」
ふと、そんなことを考える私であった。

歴史は繰り返す。

会津は滅び、大日本帝国は滅んだ。
彼はその両方を、目の当たりにした人でもある。

私は、この国の滅びる姿を見たくはない。
ただ一度でさえも。

ISBN:476982338X 文庫 村上 兵衛 光人社 2002/02 ¥1,100

海嘯

2005年6月29日 読書
久しぶりにこの人の作品を読む。
ほんとーに、久しぶり。

場所は中国。
頃は南宋…も随分と危ないころ。

漢人の帝国を守らんが為、己の命を捧げて戦う男たちがいた。
…って、力む必要は無い。

時代は変転し、意識は遷り変わる。

北から攻め込む元(蒙古民族)の脅威に、彼らがどこまでがんばれるか。

亡国物語は、本当に日本人の感性にあう。

意識を揺さぶり、感動の嵐を巻き起こし、日本人独特の"判官びいき"を発動させるアイテムである。
(日本にたくさんの流民や乞師をもたらした明末の騒動しかり)

銀河英雄伝説から、長編の叙情詩を描き続ける著者の力を疑うものはなにも無い。
何も無い…が、この人の作品に対しては私の好き嫌いが激しいので、さて、白と出るか黒と出るか。
(特に中国モノは、外れると哀しいので、敬遠していたのだ)

とは言うものの、この本に関しては、周囲の評価も高いので、この先を楽しみにしたい。
(期待に応えてくれますように!)

ISBN:4122040825 文庫 田中 芳樹 中央公論新社 2002/09 ¥620

小説は奇なり

2005年6月28日 読書
「レッド・オクトーバー」についてだが。

やはり小説の方が微に入り細に入り描かれている。
映画はいいところ取り…というか、観客が悪西そうなトコロは綺麗に別の皿にとりわけてある。
その皿をも見たい!という人は希少なのかも。

第2巻は、コトが核心に触れてきて、「おお!」ってな具合で読み進む。

状況説明があたかもテレビ画面のように切り替わるあたり、リアルタイムでの事件の進行を伝えたいという作者の狙いを感じた。
同時に、これはいかにも「映画むきだよ〜」って作品ですね。

青春の賭け

2005年6月27日 読書
好きな作家なので注文したら、なんとも怪しい(といっても雰囲気だけで終わっちゃうのだが)本の類であった。
うっひゃぁ〜

…まぁいいか。

周囲がきゅーきゃー騒いで終わると言う、罪の無い、さちみんお得意の展開だが、やはりテンポが良いのでずるずると読んでしまう。

顔の描き分けが出来ていない…と言ったら、今時の漫画家はみなそうだが、パターン的中心人物の顔がほかのストーリーと重なっちゃうのが難点。
他のを読むたび笑いそうで……。
「ゆめやしき」や「バルキュリア」が結構ハードでしんどくて、感情の起伏が激しくなってしまうのと、実に対照的な作品である。
これはこれで、お気楽に読めるのが嬉しい。

ISBN:4790114805 コミック さちみ りほ 松文館 2005/05/16 ¥630
レッド・オクトーバーを追え
ちょっとだけ古い本、というか映画の原作というか。

ソビエト社会主義共和国連邦の原子力潜水艦をかっぱらってアメリカへの亡命を図るソ連海軍の有名艦長マルコ・アレクサンドロヴィッチ・ラミウス。
彼は実はリトアニア人であった。
父がリトアニアを裏切り、祖国をソ連に売り渡したそのことを、彼はずっと心に持ち続けた。
比類なき共産主義者・共産党員の仮面を被りながら。

一方、アメリカのCIAにアナリスト(分析家)として勤める(でも居住地は英国なのだ)ジャック・ライアンはソ連が謎の原潜を開発したこと、その原潜が動き始めた事を探知する。

ソ連・アメリカの冷戦時代。
深い海の底で繰り返される、知能と体力の限りを尽くし、或いは相手を出し抜くある意味茶目っ気たっぷりの戦い。

長年心に秘めた計画をいよいよ発動させるラミウス。
ソ連の原潜の異様な動きの真意を読もうとするライアン。
ひとつ間違えば、世界は最終戦争に突入する。

…さて。

賽の目は、どうでる?

おじさんばっか出てくる映画で、舞台もせまっくるしい原潜(しかも照明は赤だし)の艦橋。
或いはCIAの渋い顔したおじさんばかりの額を付き合わせた状況。

それでも手に汗握るどきどきの、最高に面白い映画であった。
…と言うわけで、原作を旅のお供に。
(ぜんぜん進まんかったけど…)

ところで、映画では、亡命する決意を艦長に知らされた時、部下の士官たちはどういう態度を取ったのか。

士官Aの疑問その一。
A:
「艦長、アメリカでは○○に住めますか?」
ラミレス:
「うむ。アメリカでは何処に行くのも許可は要らない。自由なのだ」
その他大勢:
「おおー♪!!」

士官Aの疑問そのニ。
「では、艦長、私は…私は、○○に住んで妻を貰います!」
ラミレス:
「うむうむ」
A:
「そして○○で二人目の妻と住みます!」
その他大勢:
「おおー♪!」
ラミレス:
「………」
(誤解は早々に解いたほうがいいと思うよ…艦長)

この映画で、こういうような場面があった(細部までは正確ではないので念のため)。
所謂、小さな笑いを誘う、息抜きのシーンである。

ロシア人の奇行については、かつてのアメリカ映画ではさんざんからかいの種になっていた。
シュワちゃんが主演した、麻薬組織を追いかけて、ソ連の軍人とアメリカの刑事が協力する、という映画もそうだった。
逆に、当時ソ連邦という社会をアメリカの一般人がどのように考えていたかが良く分かる現象である。

トム・クランシー著 文藝春秋 1985年12月 第一刷
女優に体操の花形選手に歌手に社交界の花。
…大昔の話だけどね。

かつて一世を風靡した、金持ちのじーさまばーさまばかりが暮らす老人ホーム<海の上のカムデン>
ある日あるとき、一人のばーさまが死体となって見つかった。
滑って転んでうちどころがわるかったのサ…なんて思っていたら大間違い!
なんと他殺死体だった…!

「私たちだって、危ないのヨ!」
「私たちで犯人を見つけなくっちゃ!皆殺しよ!」
…つうわけで、仲良し(?)4人組のばーさまが、一致団結、そう決めた。
勝手に決めた。

足はまともに動かないし。
腰は痛いし。
太りすぎた体は敏捷には動かせないけどね。

警察は、(彼女らにとってみれば)まだまだ若い警部補・マーティネスは無事に事件を解決できるのだろうか?

……主役の元提督夫人(非常に厄介な性格)の名前が、アンジェラ・ベンボウ…洒落がきついよー。
もっとも、この名前を見たから、私はこの本に手を出したんだけどね。

ISBN:4488203027 文庫 中村 有希 東京創元社 2000/07 ¥861
先日の
「夕凪の街 桜の国」
に触発され、買い込んでしまいました。
こうの史代氏の、現在購入できる漫画本、全部。

ぴっぴら帳 1 (1)
ぴっぴら帳 完結編
こっこさん

前者はインコ、後者はレグホン(鶏)が主役のお話。

時代はどう見ても…30年以上は前じゃないかな?と思う。
の〜んびりと、(精神が気持ちが)豊かで、長閑。
現在ただいまでないことは確かだ。

「夕凪の街 桜の国」でも思ったのだが、著者は、定規を使わないようだ。
電信柱も橋も、直線をすべてフリーハンドで描いている。
だから温かみが出るし、優しさを感じることが出来る。

杓子定規。
そこにはなんの感情も入らない。
冷たい直線的な現代社会。

ではなく、

微妙に揺れてる。
震えている。
笑いを涙を感じ取れる。
人間の心が豊かな社会。

この人の作品はそういうものなんだろうなぁ。

ところで、最近、というか少し前からだけど、トリ漫画多くない?
缶詰になって仕事をしている漫画家には、犬より猫よりトリを飼う人が多いのだろうけれど…でも、ブームなのかな?
そういう漫画家さんが、えらく多いんだけど。

ISBN:4575937002 コミック こうの 史代 双葉社 2000/07 ¥650

与太郎戦記

2005年6月23日 読書
夕べ、「アーニャ」の後に読みだしたら、とまらず、そのまま夜中、読了してしまった。

暗くなり過ぎず、気負いもせず、あくまで本人の体験談。
友達が、同期が、上官が、敵弾によって斃されてゆく…つまり死んでゆく。
それも「慣れてしまう」「毎日のことだ」と言いながら、戦いの中に身を置くしかないのが当時の若者たちだった。
だからどうなのだと、
この戦いの意義をどうかんがえるのかと、
何が正義なのかと、
そんなことは、戦いが終わって、平和になってこそ、生き残ってこそ考えも至ることなのだ。

どのように考えても、誰が考えても、命はあるまい、という作戦にも「仕方あるまい」と散歩に出かけるような口調で出立する著者。
そこに感情が無いわけではない。
だが、喚き、嘆き、戦争の善悪を哲学するほどの余裕はないのだ。

終戦後、一念発起して噺家の道を選んだ著者の、なにひとつ飾らない、ある意味正直な気持ちを綴った一冊なのだろうと思った。

だがしかし。
大陸(中国)へ出発するまでにさんざご飯を食べさせてもらい、タバコだのお小遣いだのを貰い、最後にはお守りまで貰った春子さん。
その後、なんの消息も無いのが寂しい。
終戦後しばらくして結婚した奥様は春子さんではなかったのだ。
春子さん以外にも、台湾や上海や香港に住んでいた知り合いの一般人たちのその後が詳しく語られてはいない。
語られていないことが、たくさんのことを暗示させて、逆に意味の深い物語となっていると感じる。

あぁ、それと。

輸送船の護衛勤務(といっても海軍ではなく、甲板に頑張って、機関銃と著者曰く"花火"を敵機に向かってあげるのが仕事)で台湾によるたびにバナナばっかり食べている…というのがとても印象深かった。
上海の仲間たちへのお土産に、と考えてたくさん買い込んだものの、日とともに腐って行くので片っ端から食べねばならぬ。
土産に残ったのはほんのひとかかえだった、と。

ISBN:448042069X 文庫 春風亭 柳昇 筑摩書房 2005/02/09 ¥819
米原万里さんの著作を追いかけて、纏め買いしてみました。

彼女が感じやすい少女時代を送ったのはプラハ(チェコスロバキアの首都だった)
通ったのはすべてをロシア語でやるというソビエト学校。(そういうものの存在も始めて知った)
このあたりの話は、彼女のエッセイには良く出てくる。
そこには政治難民の子供たちやいろいろな宗教、言葉を持つ子供たちがいた。

そのときの体験談を元に、創作された物語。

期待一杯で、いよいよその扉を開けます。

ISBN:4043756011 文庫 米原 万里 角川書店 2004/06 ¥580
国家の統制という枠の中
勤勉で
でも貧しく
そのくせシアワセな中流意識にどっぷり染まっている
資本主義の象徴である「株」ですら、統制に身を任せ不思議とは思わない国

唯一(でもないかもしれないけど)成功した社会主義国。
それが日本である。

どこかの経済学者も言っていた。
ロシア語同時通訳者・米原万里さんも言っている。

となれば。
たぶんこれは真実なのだ。

平和ボケならぬ"冷戦ボケ"した日本とソ連邦崩壊後政治どころか経済も市民生活も国すらも崩壊の危機に陥ったロシアとの、突っ込みの無い、両ボケ漫才。(詳細は、「ロシアは今日も荒れ模様」にてお確かめを。私の表現力では上手く言えません)

その後ロシアが浮上の兆しを見せてきたことを考えると、水面下であっぷあっぷしている日本が本当に情けないことである。

先に政治を開放した(経済はついてくると思った)ロシアを見て、中国は政治を手放さなかった。
経済を先に開放して育てているのだそうだ。

成る程。
人のふり見て…ちょっとちゃうか。

ゴルビーやエリツィンの訪日記。
個性たっぷりのご両人の話など、とても面白かった。
もはや"秘密"ではないから(嘗ての側近がたくさんの暴露本を出しているという)、と断っての解説。
ロシア人って面白いなぁ…。

成る程。
暢気で愚鈍なクマはぴったりかも。
表紙の人形で思い出すのは、ロシアに留学していた友人の話だ。

「あの人形は、開けられる。中にはもう一回り小さな人形が入っていて、その中にはまたもう一回り小さな人形が…」
ふんふん。
みやげ物コーナーで見たことあるぞ。
切っても切っても金太郎飴…じゃないや、まぁ似たようなもんってわけですね。

「でね、ゴルビー(ゴルバチョフの愛称)の人形があってね、それを開けるとね、エリツィンがでてくるの。それをもう一度開けるとね…」

……格闘技好きのだれかさんが居た、というわけですな。

当時はロシアもすったもんだしてちょうどエリツィンに政権が渡ったばかりの頃だったので、ビックリ箱の話のように思えました。
いまじゃ、なんてことは無い話題なんだけど。

今、頂点にいる、その誰かさんの中にもまだ誰かさんがいるんじゃかなろうかーとか想像すれば、その気持ちは分かってもらえるのではなかろうか?

この本はロシアの話。
必然的にソ連邦末期のウォトカ事件(ソ連でも禁酒法のごときものがあって、大々的なニュースになっていた)とか、ゴルビーの改革の失敗談とか、エルツィンの酔っ払い事件とか、時効の過ぎた(でないと話せないよな)裏幕の話が目白押しである。

なにしろ、鉄のカーテンの向こう側の話なので、何を聞いても面白い、たのしい〜。

肉よりウォトカのほうが安い。
だからソ連人民は皆ウォトカで酔っ払うしかないのだ!

思う以上に悲惨な生活だったようです…。

ISBN:4062730804 文庫 米原 万里 講談社 2001/02 ¥520

旅行者の朝食

2005年6月20日 読書
知ってみると、たくさん本を書いておられるのだ、この方は。
そんなこんなでまとめ買いしたうちの一冊。

同時通訳という職業柄、世界中を飛び回っている著者。
幼い頃から親の仕事の都合で海外生活を経験していた著者。
(しかもマイナーなチェコスロバキア!)
だから、こういう本も生まれてきたのだろう、と思っていたのだが。

要は、食べ物の話。
題名にもなっている「旅行者も朝食」はロシアでの笑い話らしい。
かなり古くからある、普遍的な笑い話なので、その単語を効くだけでロシア人は抱腹絶倒。
その意味するところを解説せよと言っても、「これは外国に生活する人には分からない」のだと。

どんな話か。
(主に)旅行者がクマさんに出会って、
「私は旅行者です」
というと、クマに訂正されてしまう。
「旅行者は私です。アナタは旅行者の朝食です」
って。
…笑い話だけど。
抱腹絶倒ものではあるまい。

実は、その「旅行者の朝食」がポイントだったのだ。
とても食べられないような、まずい缶詰のことで、いつも売れ残っていたにもかかわらず、社会主義計画経済下ではず〜っと生産され続け、90年代の物資不足のときに他の食料とともに姿を消したらしい…永遠に。

これを代表(?)に、ロシアにはいろいろ不思議な食品(特に缶詰)がある、という話が続く

面白かったのがキャビアの話。
ソ連邦時代に乱獲して密漁して数が減ったので、流石にこりゃあまずい、と政府が規制をかけた。
監視もした。
ところが、政府がひっくり返ると今度はまた、儲かる食材と言うことでどんどん密漁され、数が減り、いよいよ輸出禁止になるのでは…?というトコロまで追い込まれているらしい。

黒いキャビアと言われるそのチョウザメの卵。
チョウザメって、サケみたいに生まれた川にも沿って産卵するらしい。
それを捕まえて殴り殺して卵(キャビア)を取るんだが、チョウザメはサケのように、卵を産んだらハイサヨウナラ(昇天)するわけではないのだそうだ。
生きている限り、何度でも川に戻ってきて卵を産み続ける稀有なやつだというのだ。
だとしたら、殺さないで卵だけ取り出せば…毎年キャビアがゲットできるわけじゃあないの!

で、帝王切開という話になり、それを考え実証してみせたものが今では注目を浴びているのだと言う。

それならチョウザメの数も減らないしね。
キャビアも毎年取れるしね。

そういうこすっからいすばらしい実証をして見せたのは、やはり日本人でありました。
さすが!ニッポン!

……ついでに付け加えるならば、米原さん、先日の「丸かじりシリーズ」大絶賛されてました。
「死ぬまで書き続けて!」
だって。

やはりな…。

ISBN:4167671026 文庫 米原 万里 文芸春秋 2004/10 ¥490
面白そうなので、衝動的に買ってみた。

この人の場合、新聞や雑誌では良く見る人である。
が、私は、文庫本なりとも購入するのは初めてである。
…というか、文章も書く人なのだなと、失礼にも思ったわけだ。

こと「食べ物」に関する話であるから、切実だし必死だし、気持ちが分かるところが…

しかし、(値段的に)エエモンたべてはるなぁ〜。
(やはり東京は物価が高いせいかな?)

ISBN:4167177617 文庫 東海林 さだお 文藝春秋 2005/06/10 ¥500

夕凪の街桜の国

2005年6月17日 読書
本屋の店頭に出ていたのを見て、「次に買おう」と思っていて、次に行ったら消えていた。

しばし待て。

本日本屋に復活。
と言うことで買いました。
短い短いお話(漫画)だけど、胸には重くずしりと来る。

賞をたくさん取っていて、映画化も決定している。
こういう映画をちゃんと作ってちゃんと見て欲しい。私も見たい。
しんどくなるのも、哀しくなるのも、辛くなるのも、分かっている。
分かっているけど、これこそ日本人は知らん顔して目をそむけちゃいけないものだと思うよ。

"ヒロシマ"に生まれた少女。
"ヒロシマ"で育った彼女。
"ヒロシマ"を引きずって生きなくてはいけない彼ら。

さだまさしの詩にあったように、たとえどんな理由があっても「言い訳はきかない」。
そう。
そこには真実が、事実があるだけだもの。

誰もあのことを言わない
いまだにわけがわからないのだ
わかっているのは「しねばいい」と誰かに思われたということ
思われたのに生き延びているということ

同種族を殺すのは、人間だけ。
嬉しい?
十年経ったけど
原爆を落とした人はわたしを見て
「やった!またひとり殺せた」
とちゃんと思うてくれとる?


戦争は、犠牲だけしか生まない。
戦いの中で死んでゆくのは、ばたばたとただなんの意味もなく死んでゆく、大勢の中の"名もないひとり"は、私でありあなたである。

ISBN:4575297445 単行本 こうの 史代 双葉社 2004/10 ¥840

あか〜ん!

2005年6月16日 読書
「本と中国と日本人と」

甘く見た!
甘く見た私が甘かった!

「本と」
なんだから、中国に関係する人々の書籍も勿論紹介してある。
勿論。
というか、当然、と言うべきか。

あれもこれも、欲しくなってしまう〜〜〜!
先の読んだ「水滸伝の世界」もそうだけど、この人のお話には国民党だとか、中華民国云々だとか、毛沢東・胡適・王古魯とか比較的現代に近い人が出てくる。
それも過去の人、としてではなく。

よく見れば、著者は1937年生まれ。
戦前生まれだから、世界観・中国感も我々とは違う。
そのあたりを、ふと、感じてしまう。

おまけに後半は「水滸伝」と言う本の疑義についてとうとうと検証しているので、少々あくびも…まぁ、出たわけだ。
「そんなんどうでもいいやん」と。
興味がなかったら、そうもなろうというもの。

「水滸伝」がわたってきた日本で、"古い形"の水滸伝本が残り、江戸期を通して庶民レベルで知られていたこと。
それに反して本場の中国では、まともな「水滸伝本」がなくなって、変形させられた(中国では良くある)「水滸伝」を本物であると信じきっていたこと。
従って、人民共和国になると、"日本のものより、より古い"「水滸伝本」を必死になって探したこと。

そのあたりの中国学者の苦労譚はなかなか読み応えがあったが…。

+++++++++++++++++++++++++++++

次の本。
「本と中国と日本人」
は、"おしゃべり"をまとめたもの、前書きにある。
つまりエッセイなのか。

それでも著者の年齢層が物を言うだろう。
私の知らない世界…で、楽しみだ。

テーマ別の分かれた目次で目を惹くのが、

「教祖の死に方」
「北は勇敢、南は有閑」

なんとなーく、わからんでもない。
想像できちゃうところが…。

とりあえず、前者は孔子さまである。
納得でしょ?

ISBN:4480039163 文庫 高島 俊男 筑摩書房 2004/02/11 ¥998
久々に痛感。

高島氏の「水滸伝本」
な〜んだ、入門本か〜と馬鹿にしつつ読んでいたら、その私の傲慢に冷や水をかぶせるよな発言…もとえ、文章が次々と。

それもまぁ淡々と、小学生に読んで聞かせるかのように穏やかに語るから、
「こやつ(失礼!)なかなかやるな」
とついついこちらもハスに構えてしまう。

小説には、
  importantな人と。
  famousな人。
           が存在する。

民衆がやんややんやの喝采を贈る、たとえば、三国志の関羽や張飛、たとえば、水滸伝の武松や魯智深は後者である。
物語は"有名人"である彼らによって生きるが、彼らがいなくても物語は存在するのだ。

それに反して、実際に物語を動かす"重要人物"が存在する。
たとえば、三国志の曹操と諸葛孔明(吉川英治先生曰く"三国志はこの二人が動かしている"も凄い発言だと思います)、たとえば、水滸伝の呉用…。

決して派手ではないし、目立たない。
でも、彼らが物語の首根っこを捕まえているのだと言う。

なるほど。
なんだか、分かる気もするぞ。

水滸伝の世界

2005年6月13日 読書
今更ながらの「水滸伝」
高島俊男氏というひとの中国本がやたらと面白い、と聞いたので買ってみた一冊。

中国と日本、中国人と日本人。
日本人にとっての中国。

水滸伝はあまたの豪傑が登場する物語であるが…(中略)…一つところにじっとしていたのではなかなか悪いやつにも出会いにくいから、豪傑たちはみな旅をすることになっているのである。いくら旅をしたって、出会うのは悪いやつか、それとも肝胆相照らす豪傑仲間ばかりであって、きれいな女にあって惚れてしまうなどという気づかいはけっしてないのである。

…そういうものを"今更"読んで確認してゆくのも面白い。

ISBN:4480036865 文庫 高島 俊男 筑摩書房 2001/12 ¥840
ロシア語同時通訳者、米原万里氏の新刊である。

犬1匹と猫2匹、そして人間の…雑居。
自分の近況をそう語ったとき、著者が言われた科白が本の題名になっている。
「そんなことより、早くヒトのオスを飼いなさい。ヒトのオスを!」

…なんて言ってしまう恩師ってのも凄いよね。
有り難いんだろうけれど。

すべてひろった犬と猫。
そのいきさつと、動物たちへの愛情と、自分がとるべき態度と。

スキンシップ、いやアニマルセラピーに通じる記述に思わず心も動かされてしまう。

ところで、中世のヨーロッパでは、犬猫を含む動物の裁判があったという記述がある。

教会の重要書類を食べたヤギ夫妻 ⇒ 鞭打ちの刑
果樹園を荒らしまわった豚の親子 ⇒ 蒸し焼き
麦畑を荒らしたイナゴの一団 ⇒ 火刑  ……だが、全員を逮捕できず(当たり前だ)、刑の執行は中途半端になってしまった。

こういう記事がちゃんと残っているのだそうだ。
どこまで真面目にやっているのか、どこまで冗談なのか、理解できないけどね。 

たしかに、現在でも、人間に危害を加えた動物は即射殺・毒殺だ。
クマとか猪とか…逃げ出した虎とか…。
同じことなのかな。

おまけにここに出てくる獣医氏は、
犬の飼い主は普通。
猫の飼い主は非常に変わっている。(変人)
鳥の飼い主は一本ネジがぶっとんでいる。(異星人?)
と分類する。

……なんとなく、納得できてしまうところがすごい。
飼う動物に似るんだよ、きっとね。人間だって、えさをくれるヒト(=親)に似るって言うからさ。

ISBN:4167671034 文庫 米原 万里 文藝春秋 2005/06/10 ¥650

獅子の目覚め

2005年6月10日 読書
「イスタンブールの大聖堂」
とても面白かったので、とっとと読了。

ギリシアへ発掘に行く途中、必ずトランジットするイスタンブールで、「発掘がうまくいきますように」とお祈りするための聖ソフィア詣で。
それがこの本を書く下地になったと著者。

いにしえのビザンチン帝国の首都、光と誇りの都・コンスタンチノープルはいまなおビザンチンの血を引く人々による"解放"を待っている。
アテネ発の航空機は、イスタンブールへではなく"コンスタンティヌーポリ"(コンスタンティヌスの現代ギリシャ語読み)行き、と書かれているのだという。

+++++++++++++++++++++++++++++

閑話休題。

先に読んだ、神話だとか、さっき読み終えたビザンチンだとか、大いに関係ある推理小説。
「ファルコ」シリーズの最新巻にやっと手を出せた。

ローマといえば、コロッセオ。
闘牛・処刑場と血なまぐさいイメージが付きまとうが、かの娯楽は、施政者が人民の鬱憤や不満をそらすためにはどうしても必要なものだった。

映画「グラディエイター」にも出てきたが…一介の剣闘士であっても、人気者になればそれ相応の力を持てたようだ。
闘技場では、代弁者を介してではあるが、臨席する皇帝に堂々と意見を述べることも出来たというし。

帝国の初期においては、たかが寒村の農夫や忘れ去られたようなひなびた漁村の漁師でも、成り上がり方次第では皇帝になれたというが、人気取りをしないと首を挿げ替えられてしまうローマ皇帝も、なかなか大変である。

とは言え、我らが密偵・ファルコが、ウェスパシアヌス皇帝に遠慮しなくてはならぬ道理はない。

賢妻・ヘレナとタックを組んで、ついでに天敵アナクリテスと何の因果かパートナーを組んで、闘技場での殺人事件に挑む。

最初の60頁で、どきどきわくわくものだね。

ISBN:4334761526 文庫 L・ディヴィス 光文社 2005/04/12 ¥760

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