著者は有名な女流推理小説家で、私は彼女のファンである。
…で、ミステリに分類されているこの小説を、私は推理小説だと思い込んでネット注文したのだった。

この本が手元に届いて初めて、近々公開の映画の原作だと知る羽目になる。

近未来(2021年)の事件。
出来事。

人類が滅びへと進んでいた、その、とある一年の出来事。

…で、最後まで読んでわかったのは、この小説が映画の原作ではない、ということだった(笑)
いや、原作は原作だけど、映画にしようと考えた時、中身は、筋書きはまるで違ったものになったそうで、この本を読んだからといって映画がわかる、というわけではないらしい。
では、「映画の原作」という本の帯は嘘になるよなーとか、考えるんですけど?
いいんでしょうか?(笑)

そしてこれを"ミステリ"という分類に入れていいのかどうか…という話も巻末にあれこれと(笑)

まぁ、いいんだろう(笑)

PDジェイムズと言う人は、実に重厚でしっかりとした物語を書く。
たかが推理小説なんて、軽いものではない。
古典的教養、人間の心理、深い洞察…まるで分厚い"文学全集"を手にしている気分である。(ロシア文学ほど重く悲惨ではないが)
その彼女の作品として、この物語もやはり魅力的だった。
大きな・派手な事件は起こらない。
(この点、映画では観客の興味を惹く為に爆発や暴力的シーンなどをわざと設定した、と書いてあった)
殺人を初めとする犯罪と、滅亡へと突き進む人類の絶望とやけくそと…精神的荒廃。

なにが人類を絶望へと走らせたかというと、
【子供が生まれない】
ということだった。

生殖能力を、全人類が失ってしまったのである。
未来を託すべき子供たち(子孫)の不在。
それはすなわち、未来を否定すること。
未来を、そこに存在する希望を、消滅させてしまうことでもあった。

そして、最後(の年)に生まれた子供たちは"オメガ"とよばれ、「いずれ地球上のものはすべて自分達のものになる」
という事実と、何をしても未来に繋がる希望はないと一種異様な存在に変質してゆく。
無感動。
そして…徒党をなして意味もなく、人を虐殺するオメガたち。

そんな中、イングランド(ここがみそ;ウエールズやスコットランドは分離してそれぞれ国守を選ぶ。影響力はイングランドの下にあるのだが)は一人の国守を選び出す。
国王は戴冠せず、やがて国守が絶対的権力をもって国を支配する。

絶望した老人が、"国が用意した"方法に従って死を選ぶ<生命の開放>
その内容は、覆いのないはしけに、何人もの老人の体を鎖で結びつけ、沖に船出したところで栓を抜いて溺死させる。

弱い女たちに流行しているのは、セルロイド人形等を乳母車に乗せ、擬似母親体験をすること。

犯罪者は一箇所(マン島)に集め、弱肉強食であろうと統制された公平で平和な社会であろうと、彼らの自由にさせること。
(その結果、弱肉強食のケダモノ世界になっている;う〜ん、これって性悪説の勝利か?)

などなどなど…

絶対的な権力を持ってそれらを推し進める国守・ザンは、この物語の主人公である歴史学者・セオの従兄弟であり幼馴染である。
この社会を変えるべく反体制派がセオに接触を始めたのがことの起こりの最初であった。
最初は、国守・ザンに対して影響力をもつであろう(これは大きな勘違いであったが)セオから説得してもらうことが目的だったが、それが聞き入れられないと知ると、今度は実力行使に走るようになる。

メンバー5人の、その動機はさまざまだ。
宗教的な理由・復讐・嫉妬(ザンにとってかわりたい)。
係わり合いにならないように留意しつつ、仕方がなしに彼らと行動をともにし、やがてはその中心となって行くセオ。
それは彼の50年の人生のやりなおしの意味をもっていた。

5人の仲間+α(セオ)。
だが人は心変わりする。
同様に人は、己の信念のもとに生きて死ぬ。
たった小さなひとつの出来事が多くの人の運命を変えてしまうこともある。
そして、最後は…"アルファ"の誕生は、人類にとって吉と出るか凶と出るか。
地球に生息する人類にとって、幸運の女神となるのだろうか。

それが、問題だ(笑)

ただ、PDジェイムズは決して悲観的で嘲笑的な作家ではない。
人が生きる栄養がなんであるか、それは重々承知している作家である。

ISBN:4150766177 文庫 青木 久惠 早川書房 ¥798

コメント

ボースン
ボースン
2006年10月23日12:30

こんにちわー。P.D.ジェイムズがSFを書くとはびっくりしました(笑)いや、紹介文読むとどう見てもSFですよね。

昔読んだブライアン・W・オールディスの「グレイベアド」を思い出したりして。実はこれも、ずばり『不妊で滅びかけてる人類』の話なのでした。オールディスもイギリス人。イギリス人てそういう地味な滅びが性に合うのかしら…(派手な滅びというと、太陽or地球がぶっつぶれるとか宇宙人が攻めてくるとかですね)

翠雲
翠雲
2006年10月23日15:04

SFですよね〜これ(笑)なんでミステリなのか…ハヤカワよ。
イギリス人って徐々に消滅してゆくのが好きなんでしょうか。なんか辛そうでいやだな〜。
アメリカだと隕石が降ってくる、核で失敗する(大いにやりそう)。
そして、日本だとニッポン沈没でしょう、やはり!(笑)
一時にばっと死にたい、ながながと苦しみたくない、という気持ちが日米には共通するのでしょうか?

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