気がつけば、また古い本に流れてしまった…。
宋代の中国都市、といっても洛陽や杭州や蘇州だけが都市じゃない。
人集まれば、市を成す。
というぐらいで、人が集まれば村ができ、町ができ、都市ができる。
ただの偶然ではなく、何らかの理由がそこはあるのだ。
うん。

しょっぱな陸游(放翁)が出てきてむぅと唸る。
忘れていたよ、この導入部。
南宋の詩人で官僚。
中国ではほぼこの両者は=(イコール)で結ばれる。
赴任先の蜀(四川省)への旅を精密な日記に綴っていて、それが残っているという、ものすごい資料。
日本と違って中国の文人は日記はほとんど残していないらしい。
だからなおさら珍しく、またほとんどが残っているというのが価値がある。

この日記によると、揚子江海豚、緑の苔に覆われた千畳敷の亀などなど、怪しい生物の住処となっている長江(揚子江)だが、確かにこの目で見てみると、深い緑や濃い茶色のたゆとう河川で、「ナニがいてもおかしくなかろう」と思わせてしまう川であった。

しかししかししかし!
大昔の漢文講読で、さんざ苦労させられた「入蜀記」の作者とあって、個人的には良い感情がもてないでいる。
だって、訳文がないのだよ…まったく!
資治通鑑や漢書のように、物語としてメジャーで、大筋は了解できているというシロモノではなかったから、「本気」で辞典をひきひき頑張ったものである。

四川省の省都・成都にある杜甫草堂にこの陸游の胸像があるのは、同じ「詩」つながりのせいだろう。
しかし、現地でこの像を見た我々の胸にはめらめらとうらみのほむらが燃え上がったものである。

今のように、「少々間違ったっていいや〜」ぐらいの気持ちなら、漢文も楽しく読めるのに…。

ISBN:4121008979 新書 伊原 弘 中央公論社 ¥560

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