AQUALOG

2004年3月2日 読書
栗田工業株式会社に出している機関誌である。
インターネットのCMで見て取り寄せたのだが、環境保全を考えるこの会社が、水や空気や、人間が生きてゆくために密接に関係しているもの、断ち切れないものを大切に考えようという意図から刊行している「無料広報誌」である。

今回の特集は琵琶湖。

フナ寿司は…とてもじゃないが食べられない、というか近くにも寄れない料理なのだが、環境汚染のおかげで作る量(=捕れる量)も相当に減ってしまったのだという。

漁獲量が減ったからには、職業としての漁師の数も自然に減ってくる。
漁師の家は、後を継いでくれる若者がどんどん減って来ているのが現状だという。

私が住む京都も、その下流の大阪も、琵琶湖水系という場所である。
大昔から、琵琶湖の水を戴いて生活している。
だから上流(水源)の琵琶湖の水が綺麗であればあるほど、美味しくあればあるほど、ありがたい。

さて、この日本一の湖は、それはそれはたいしたものなのである。
「近畿の水がめ」と言われるそれは、下流地域に水の不自由をさせたことがない。
夏の、降水量が空くな儒全国的に干上がっているさなかでも、取水制限は行われるが、本当に「水がなくて困っている」状態にはならない。
つまり、蛇口を捻っても水が出ない、などということを私はいまだ嘗て一度たりとも経験したことがないのだ。
勿論「節水」はしなくてはならない。
しかし、現実に「水が出ない」なんて経験をしたことがない。
どんなに酷い酷暑・どんなにひどい雨不足・水不足の時でも。
これは…凄いことなのでは?

それがいつの間にか勝手な文句ばかり言うようになった。
滋賀県人は洗剤を使うな、だの、琵琶湖の水はまずい、だの。
人間は、本当に、上を見ればきりを知らない。

上流の滋賀県では、本当に昔から、洗濯や食器洗いの洗剤に至るまで、細心の注意を払って生活してきている。
勝手なことをほざく京都人や大阪人に美味しい水を供給するために…。

環境保全のための運動が世界中に広がり、ISOといわれる活動認定を受ける企業も増えてきた。
私の勤める会社も数年前に取得した。

無駄な資源エネルギー(電気・水・紙)を使わないこと。
ごみを極力出さないこと。(燃やすのには燃料が必要であり、大気を汚す)

などなど、要は"生活の無駄"をなくすことが大きな目標になる。
結構自分のためになる活動が多いのだ。
手間ひまかけて、再生紙利用などにはコストもかかるが、長い目で見れば経費の節減にもなる。

情けは人のためならず…
そうとも。

地球に優しく、環境に優しいと言うことは、自分に優しいということなのだ。

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