「中国人の面子」
よく分からなくなってきた…
中国人とビジネスをする場合の注意点を諭されているような気もするし、中国人が中国人の欠点をも隠さず暴く暴露本のようでもあるし。
例としての古典の内容と、著者の言う「面子」をちぐはぐに感じてしまう。
作者が言う「中国人の面子」の「好例」になっていないのだ。
これは古典ゆえに私も当然知っているものだから、何度も読んでいるものだから、私としてはそういう読み方・とり方をしていないから、理性的になって白紙になって、著者の言うように受け入れることができないのだろうと思われる。
確かに「紅楼夢」は見栄っ張りなところが多い物語ではあったと思う。(だって清朝の大金持ちの一家のおはなしだから)
でも「三国志演義」や「水滸伝」は…ちょっと違うような感じがするけれど。
まぁ、中国人が言っていることだから、あちらのほうが正しいのだろうとは思うが。
例えば、極悪非道の犯罪者を捕まえた時、到底白状はするまいと思われたのが、とある刑事が人間並みの扱いをした、ということに感じ入って洗いざらい白状した、と言う話がある。
日本人だと「ああ、人間としての情に訴えたんだな」と思うのだが、著者によると、これも「メンツをたててやった」ということなのだ。
メンツを立ててもらったから、白状しおとなしく刑に服したのだと。
(…え?それ面子なの?)
面子をたてるたてないというのは、もっと理性的なものではないのかな?と私などは思ったりする。
先日も疑問に思っていたが、現在の経済自由化の中国では、(やっぱり)企業にはその会社の経営者と国家から派遣されるお偉いさんが並立しているそうで、両者がこの「面子」を巡って対立することが多々あるのだそうだ。
対立できるだけマシかな…もともと国の言いなりだもんな、共産主義国家だし。
同じようにして、社内での「面子」を巡っての対立、いや争いはかなり激しいらしい。
「面子」のためには常識も規則も(やっぱり)ないがしろにしてしまうらしい。たとえそれが犯罪に関わることであっても…
つまり、頼ってきたものを「違法だから」で拒絶するのは「面子」が立たないらしい。
そうなると、「面子」というのは随分情緒的というか感情的なもののようだ。
こんな国、こんな国民性だから、ここと商売するのは本当に(!)大変。
経済自由化で怒涛のように押し寄せた「スワン」を始め日本企業の多くが泣きを見て、挙句に撤退しているのは有名な話。
それだけ「扱いにくい」ということを、「世界の一般常識に当てはまらない」ということを、著者が、中国人が述べている。
ふむ。ではどうすればいいだろう?
難しい…。
そんなわけで、このあたりが納得できないまま、本日届いた「本・詰め合わせ」に狂喜する私であった。
こっちのほうが面白そー♪
いや、絶対に面白いに決まっている!
…なので、しばし「メンツ」とはおわかれしよう。
あ、インターネットで頼んでいた本も明日には手に入る予定なので、これも二重に嬉しい♪
よく分からなくなってきた…
中国人とビジネスをする場合の注意点を諭されているような気もするし、中国人が中国人の欠点をも隠さず暴く暴露本のようでもあるし。
例としての古典の内容と、著者の言う「面子」をちぐはぐに感じてしまう。
作者が言う「中国人の面子」の「好例」になっていないのだ。
これは古典ゆえに私も当然知っているものだから、何度も読んでいるものだから、私としてはそういう読み方・とり方をしていないから、理性的になって白紙になって、著者の言うように受け入れることができないのだろうと思われる。
確かに「紅楼夢」は見栄っ張りなところが多い物語ではあったと思う。(だって清朝の大金持ちの一家のおはなしだから)
でも「三国志演義」や「水滸伝」は…ちょっと違うような感じがするけれど。
まぁ、中国人が言っていることだから、あちらのほうが正しいのだろうとは思うが。
例えば、極悪非道の犯罪者を捕まえた時、到底白状はするまいと思われたのが、とある刑事が人間並みの扱いをした、ということに感じ入って洗いざらい白状した、と言う話がある。
日本人だと「ああ、人間としての情に訴えたんだな」と思うのだが、著者によると、これも「メンツをたててやった」ということなのだ。
メンツを立ててもらったから、白状しおとなしく刑に服したのだと。
(…え?それ面子なの?)
面子をたてるたてないというのは、もっと理性的なものではないのかな?と私などは思ったりする。
先日も疑問に思っていたが、現在の経済自由化の中国では、(やっぱり)企業にはその会社の経営者と国家から派遣されるお偉いさんが並立しているそうで、両者がこの「面子」を巡って対立することが多々あるのだそうだ。
対立できるだけマシかな…もともと国の言いなりだもんな、共産主義国家だし。
同じようにして、社内での「面子」を巡っての対立、いや争いはかなり激しいらしい。
「面子」のためには常識も規則も(やっぱり)ないがしろにしてしまうらしい。たとえそれが犯罪に関わることであっても…
つまり、頼ってきたものを「違法だから」で拒絶するのは「面子」が立たないらしい。
そうなると、「面子」というのは随分情緒的というか感情的なもののようだ。
こんな国、こんな国民性だから、ここと商売するのは本当に(!)大変。
経済自由化で怒涛のように押し寄せた「スワン」を始め日本企業の多くが泣きを見て、挙句に撤退しているのは有名な話。
それだけ「扱いにくい」ということを、「世界の一般常識に当てはまらない」ということを、著者が、中国人が述べている。
ふむ。ではどうすればいいだろう?
難しい…。
そんなわけで、このあたりが納得できないまま、本日届いた「本・詰め合わせ」に狂喜する私であった。
こっちのほうが面白そー♪
いや、絶対に面白いに決まっている!
…なので、しばし「メンツ」とはおわかれしよう。
あ、インターネットで頼んでいた本も明日には手に入る予定なので、これも二重に嬉しい♪
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